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ケアレス時代

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動物は暇な時はほとんんど自分の体のケアをしています。それに比べると私たちが自分のケアに回す時間はほとんどありません。

 

あわただしく朝起きて、短時間で洗顔、食事、出勤準備と、多くの人の一日のスタート模様ではないでしょうか。昼は多忙な仕事に追われます。夕には残業がある日もあれば、お付き合いで食事や飲みに行くことも。自分のケアどころか家族サービスもできないスケジュールの忙しさ。

 

一番犠牲になっているのは、配偶者、、子供、、、家族もそうですが、一番犠牲になっているのは、自身のケアタイムではないでしょうか。

 

自分を大切に思うことと、ケアはけっこうイコールですので、幸福に生きるには、ケアが必要だと思います。日本人はお風呂タイムを楽しみますので、お風呂タイムが唯一のケアタイムになっているかもしれませんね。

 

ケア、、、と一口に言っても色々なケア方法があると思いますが、それは、エネルギーを注ぐことと関係します。

 

髪をゆっくりとかす、、、ブラッシングです。ブラッシングすれば、たくさんのブラシの毛やくしの歯が、髪にあたり、髪に適度な圧をかけます。適度な圧がかかったところには必ずエネルギーが入りますので、髪はきれいになっていくし、頭皮や頭部にもエネルギーが入ります。

 

この場合、適度、、、が大切です。ケアの効率を上げようとすると、どうしても早く髪をとかす、乱暴にとかす、絡みついた髪を引っ張って痛める、、、となりがち。乱暴に圧がかかると、髪や頭皮や頭部は反作用ができなくなり、組織を痛めることになるわけです。

 

指圧などは良い例です。適度な指圧なら皮膚も肌組織も反作用で押し返せます。適度な指圧VS自然な反作用が成立していれば、良質なエネルギーが肌を通して組織に入り続けます。その結果、とても元気になります。

 

しかし、その程度の圧では、人は頼りないと感じるのです。その結果、もっと強く押して、、、もっと強く、、、と。強く押せば、肌や組織は反作用ができずに苦しみます。反作用ができないほど押さえつけられれば、エネルギーは入りません。エネルギーはゼロポイントでしか発生しませんので、押さえつけられたら苦しくなるだけです。そして体は硬化して圧に絶えようとします。結果として、強い指圧をすればするほど、体は固くなるのです。

 

強い指圧好きな人の体はまず例外なく固く硬化しています。そしてエネルギーが入らないので疲れやすくなるのです。

 

髪も乱暴にとかせば同様の結果になります。反作用ができないため、組織を痛めてしまうのです。髪をとかせばとかすほど、髪は傷んでしまいます。「おかしい、、、ブラッシングがいいというから、こんなにやってるのに、どんどん悪くなっていくわ」

 

歯磨きも同じでしょう。歯を磨けば磨くほど歯槽膿漏になる人がいます。強くごしごし押し付けて磨けば、歯茎を傷めるのは当然なのですが、本人はそのことがわかりません。

 

良いものなら何でもやりたい、、、、良いのだからたくさんやりたい、、、もっと良くしたいから強くやりたい、、、、そうして人は副作用によって体を壊し、心も壊し、最終的に副作用で死んでいくのです。

 

これをケアとはいいません。動物のケアをみていればわかりますが、やさしい動きです。変な力など加えていません。気持ちよさそうにケアしています。ほどほどの気持ち好さが体に一番良いことを知っているからです。

 

ケアタイムとは、フリーエネルギーの法則を実感する時間と言えると思います。ゴシゴシ歯を磨くとき、私たちは追われるような仕事時間と同じ流れにいるのです。力を加えず、歯茎に心地よい磨き方でゆっくりケアすることは、口腔にエネルギーを注ぐことなのです。

 

気持ち好いケアは、エネルギーの法則に必ず叶っています。最高の効果を上げようと力むとき、私たちはエネルギーを失い、気持ちよい微細な刺激を与えるとき、私たちはエネルギーを得ているのです。

 

長生きする動物は大体はのんびりしています。人間にも当てはまる面があると思います。エネルギーの法則をどこかで理解しているのでしょう。

さて、理想のケアとは何でしょうか。体の隅々に意識を送ることです。ケアされていない私たちのボディは、刺激の感じ方も鈍くなっています。鈍感なボディということは、そこにエネルギーが入りにくいことを意味します。

 

なぜ、ブラッシングすると良いのか、、、適度に微細なブラッシングをするとなぜ良いのか、、、なぜ、やさしく歯を磨くとよいのか、、、なぜ、やさしくボディをタッチすると良いのか、、、、そこに意識圧がかかるからです。日ごろ忘れられている私たちの体の色々な部位。そこに意識が行くことで、エネルギーが入るのです。眼をかけられた私たちの体の部位! 強い刺激だと身構えるだけで隅々に意識はいかないのです。

 

やさしいブラッシングが良いのでも、やさしく歯を磨くのが良いのでも、やさしくタッチするのが良いのでもなく、やさしく触れることで、そこに意識が行くことが大きいのです。意識からエネルギーが来るからです。

 

日頃、目を掛けてもらっていない子はぐれます。エネルギー不足に陥っているからです。日ごろ目をかけてもらっていない体の部位は痛みます。エネルギー不足に陥っているからです。

 

ケアとは、目を掛けることです。意識をそこに向けるために、やさしくブラッシング、、、やさしくタッチ、、、やさしく歯を磨く、、、、強い刺激や振動は意識を遠ざけます。微細な刺激に私たちの意識は抵抗できないのです。

 

効果ばかり考えると、目を向けるものは、乱暴なやり方となり、それによって私たちは体を痛め、心も痛めていくのです。

 

ことさらのやり過ぎ。ケアもお金も仕事も出世も、ことさらのやり過ぎによって、私たちはそのすべてを失っていくのです。

 

お知らせ

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23日-4日  宿は箱根一番の名湯 芦之湯「きのくに屋」

1日目は 11時集合して丸一日 開運セミナーを行います

2日目は 朝食後に箱根神社での正式参拝 

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定員 15名  

参加費用 35000円 宿泊代 一日目の昼食夕食二日目の朝食昼食 が入ります。セミナー中の移動費もすべて含まれます。集合場所までと、解散後の交通費は含まれません。

 

 

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528Hzとは何か「周波数の秘密」

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528Hzとは何か

 

一秒間に振動している回数、、、、それを周波数と言います。一般的には空気を振動させたときに出る音と言ってもいいでしょう。空気を振動させれば必ず音がでます。20Hzから16000Hz程度まで、人は音を聞き分けることができるようです。Hzの違いは音の違い、音の高低の違いになるわけです。

 

低い音は振動数が少なく、高い音は振動数が高くなります。よく聞くところのち528Hzとは、一秒間に528回空気を震わせたときに聞こえる音ということです。

 

さて、こうした音の高低には、意味がありますが、あまり一般的には研究されることはありません。どちらかというと、秘められた形で研究が進められてきました。昔から周波数の研究はされてはいるが、一般には知らされていない、、、そういう学問だったわけです。これは今なを続いていると思います。

 

先進国では周波数を利用した武器類が多いのですが、そのことからも周波数研究が緻密にされていたことがうかがえます。

 

なぜ周波数研究が一般に知れ渡らないのか、、、それだけ根源的で重要だからでしょう。私たち一般人には、本当に重要なことは意外に知らされてないのかもしれません。悲しいことですが。

 

ここからは私が研究した結果の、アカデミックな承認は得ていない内容になることをまず先に言っておきたいと思います。一言で言えば、今現在での科学的根拠や医学的根拠のない話しとしてお聞きください。

 

周波数が本当はすべての鍵を握っていると私は思っています。根源的な原理と周波数はおそらく密着しているのです。周波数を使えば、群衆を一定の方向に導くことも、人を苦悩に陥れることも、幸福で満たされた思いを抱かせることも、思わず死にたくなるような衝動をかき立たせることも、おそらくできると思います。実際に私が体験した周波数の中でさえ、そうしたことが可能となるからです。

 

そして到達した私なりの結論があります。基本的に人が話しをしたり発声する周波数帯で、しかも3で割り切れる周波数は、人にとって安全で安心だということです。

具体的に言いますと、下は60Hz程度から上は900Hz程度が人の発声の領域と考えられるので、その中での3で割り切れる周波数となります。

 

ソルフェジオ周波数はまさにこの条件にあっている周波数ですので、安全で安心な周波数の組み合わせとなります。伝説で語られてきたグレゴリア聖歌はソルフェジオ音階で歌われ、当時聞く人は恍惚となったと言われますが、そうした現象は現代でも同様に再現できるのです。ソルフェジオ音階を聞き続ければ、現代人でも同様のことが起こります。

 

このソルフェジオ音階の中心音、ミにあたる音が528Hzです。528Hzにはソルフェジオ全音階6音の代表であり、ソルフェジオ音階のエッセンスを代表して保持している音なのです。

 

ソルフェジオ音階で歌われたグレゴリア聖歌で中世の人は恍惚となり、神に守られている安心感を得ることができたわけです。

 

528Hzはその後、この世から姿を消し、この10年ほど前から再び復活し、色々な研究がなされるようになりました。ただし、アカデミーが実証した研究内容とは異なりますので、科学的な根拠とは別ものであることはご理解ください。

 

科学が人に良いものなど認めるはずはないと、私はうがった見方をついしてしまいますが、528Hzについては色々な研究が民間でなされた類の、場合によっては真実に足らないものというご批判もあってしかるべきものかもしれません。

 

しかし、その中でも不思議といえば不思議、、、もしかしたらやはり真実ではないかとの思いがよぎる内容が沢山あるのです。

 

まず実際問題です。ソルフェジオ音階を現代人に30分ほど静かな環境で聞いてもらうと何が起きるか、、、医学的にも科学的にも実証された内容ではありませんが、実際問題として、体感が変化するのです。それも画期的変化であることがほとんどです。多くの人は、「死ぬのが怖くなくなった」「もうどうでもよくなった」と言います。これがおそらく、中世の人たちが教会堂で感じた、「すべてを神に任せる歓喜」と同一のものだと感じます。

 

ただ、これはあくまで個々の感じ方であって、数値化を必要とする科学的な根拠にはならないと思いますが、少なからず、こうした変化が起きるケースがほとんどです。(もちろん、起きない人もいると思います。ただ私はまだ変化しない人に出会ったことはありませんので、私の中では必ず起こる変化です)

 

さらに528Hzについては、色々な人が色々と研究されています。その音は太陽が発する音であることを実証したケースもあります。ソーホーと言う太陽探査機がキャッチした内容を周波数化すると528Hzになるということです。

 

私は実際にそれを確認できる立場にはいませんが、太陽の音ということには、非常に納得するものがあります。この音を一日に一回でも二回でもいいので聞き続けると、段々と明るく子供のように変化していくケースが多いのです。こだわりがなくなっていき、明るく、子供のようになっていく、、、太陽のイメージとまさに合致するので、528Hzが太陽の音、、、と言われると思わずうなづいてしまいます。

 

植物が太陽の光を受けた際に開始される様々な変化と運動があるのですが、同様のことが528Hzを聞いた植物にも起こる、、、という研究もありました。太陽イコール528Hzの図式が何となく私には見えてくる思いです。

 

さらに、不思議な話しは沢山あるのです。

 

避けて通れない話しは、やはり世界基準の音を作った際の大混乱でしょう。100年以上前は音の世界基準という考えがまずなかったと思います。しかし、色々な国や地域で演奏する音楽家にとっては、演奏に共通する一定の音程の認識が必要だったと思います。

 

音楽家は耳が良く、芸術性に優れていますので、彼らが一様に、自然に捉えた音がありました。それが大体は430Hzあたりを基音とする音階だったのです。ヨーロッパでも日本でもそれは430Hzあたりでした。

 

具体的に言いますと、おそらくの話しですがやや低めだと429Hz、、やや高めだと432Hzだったのではなないかと、勝手にですが思います。というのは、430Hzあたりで3で割り切れる音は、429Hzもしくは432Hzとなるためです。こじつけ気味な話しですが、一流の音楽家の耳に心地よい音は、3で割り切れるでしょうから、自然にそうなっていったのではないかという気がします。

 

一台10億円もするストラリヴァリウスをZOZOタウンの社長が購入したと騒がれていますが、ストラリヴァリウスがもっとも良い音を響かせるのが、実は432Hz基音の時なのです。それは当時の音楽における周波数を表しているはずです。

 

イタリアのベルディは当たり前のように、基音は432Hzと宣言していましたし、実際にヨーロッパではそこらへんの周波数を基音にした演奏が行われていたわけです。自然な流れで行けば、そのまま、基音は432Hzに決定するはずでした。

 

これに異を唱えだしたのが、アメリカ、イギリス、そしてナチスでした。彼らは一様に440Hzを基音にするよう政治的な圧力をかけ出したのです。そして強引に440Hzを世界基準に変えていってしまいました。以降、今に至るまで、基音は440Hzです。

 

しかし、敵対関係にあったナチスと連合国サイドが一致して基音440Hzに持っていこうとした背景は一体何だったのでしょう。今では知る由もありませんが、ベルディが432Hzでなければいけないと言い、世界の流れも自然にそうなるところを強引に割って入り、440Hzに変えていった目的。それが私は周波数支配による様々な目的あってのことだと思っているのです。

 

第二次大戦当時、まだ周波数に意味があるとか、人体や精神に決定的影響を与えることなど、一般の人が考えもしなかったことですが、周波数研究はひそかに進められ、すでに一定の手ごたえがあったのだと思われます。

 

これは私の勝手な推測ではありません。MIチューナーを制作していただいているニチオンは、世界一のチューナーメーカーであることは有名です。また、相談役の本田氏は一昨年の音の匠にも選ばれたチューナーの最終責任者です。ニチオンは100年企業ですが、本田相談役の先代はちょうど戦争を体験された年代でしたが、ある日、軍部から極秘の命令を受けたというのです。

 

敵の戦意を喪失させる音を研究してほしい、、、、との命令でした。私はこの話しを直接相談役から伺っていますので、事実の話しです。当時、周波数が人の気持ちに影響することなど、一般にはまったく理解できないと思われていましたが、軍部はすでにそのことを知っており、その制作を頼みに来たのです。

 

ちょうどアメリカとイギリス、ナチスが組んで世界基準を440Hzにしようとしたいたまさにその頃のことです。隠れてはいるものの、周波数による人身への影響はすでにわかる人にはわかっていたことになります。

 

では、アメリカ・イギリス・ナチスが狙った440Hzとはどういう音なのでしょうか。それを語る前に、このいきさつに猛反対した人がいました。教育学で有名なシュタイナーです。シュタイナーは神秘学者でもありましたので、特別な感性を持ち、連合国とナチスが求めているものを察知したのだと伺えます。

 

はっきりした言い分でシュタイナーは言います。「もし440Hzが基音になれば、悪魔の時代の到来に寄与することになる」と。シュタイナーは音楽の基音は432Hzでなくてはならない。人間の耳の構造は432Hz128Hzが原点になっていると言い、かなりの危機感を抱いたようなのです。確かに、シュタイナーの言い分が彼の信念に沿っていたかは、彼が開発した楽器は、すべて432Hzを基音としており、今でもそのように調整して演奏されているはずです。

 

シュタイナーに言わせれば、440Hz基音は悪魔の時代を招聘するために必要なことであり、周波数による人類支配の危険を感じ取ってのものだったとわかります。

 

さらに、もう一人、こうしたいきさつをじっと見つめていた人物がいます。ヘルベルト・フォン・カラヤンです。彼はドイツにおける有名な若手指揮者でしたが、フルトヴェングラーというこれまた有名な指揮者と人気を二分していました。そしてナチスはフルトヴェングラーを寵愛し、政治的な背景に敗れた形のカラヤンはアメリカにわたります。終戦を迎えた後、カラヤンの人気は爆発しますが、彼の採用したピッチは440Hzではなかったのです。

 

440Hz基音を世界基準にする争いの一部始終を見つめてきたカラヤン。政治的には440Hzが勝ったものの、彼は決してそのピッチによる演奏は行いませんでした。と言って、シュタイナーのように、440Hz基音では悪魔の、、、とは言いません。それは、彼を救ったアメリカ自身も440Hzを強引に推し進めた国だったからです。決して語ることはせずとも、自身のピッチを444から445Hzのカラヤンピッチに合わせることで、彼は440Hz基音から自身の音楽を救ったと言えるでしょう。

 

444Hz3で割り切れる数であり、444Hz基音にした場合、太陽の音、528Hzが高いドの音によって得られるのです。そうなると、444Hz3で割り切れるコズミックトーンであり、しかも太陽のエネルギー音である528Hzが得られる音楽になっていくわけです。確かにカラヤンの音は他の指揮者とは違って聞こえました。音楽好きな人なら、カラヤンの音自体の特徴がわかっていると思います。それだけ印象も特殊だったからです。気持ちよく元気になるのがカラヤンの音でした。体調が良くなる444Hz基音(カラヤンピッチは445と言われますが、実際の演奏時にはややピッチダウンしますのでちょうど444Hzがあらわれます)なので、カラヤンを聞くと体調がよくなり元気になったはずです。

 

音楽の裏のすべてを知り尽くした人物に、殺されたジョンレノンがいます。彼は自分の身に迫る危機を感じた晩年頃、最終なメッセージとして「イマジン」を残します。その演奏の最後は、ピッチを完全に528Hzが出てくる音程に調整したと言われています。実際に測定したことはないのですが、最後のイマジンと言われる音は確かに528Hzが流れているように、簡易的な測定では出てきました。

 

3で割り切れる音、その代表が528Hzであり、444Hzであり、432Hzであり、私が聖書記事から解明した153Hzであります。

 

周波数支配による方向性を喝破した人たちは、440Hzについて、「その音は自分に対する嫌悪感をもたらせ、自己嫌悪に陥れる周波数となる」と語ります。そして、作られた不当な自己嫌悪から解放してくれる音が528Hzであると言うのです。

 

この数年、528Hzについて、そしてソルフェジオ音階について、久しぶりに語らせていただいた次第です。

 

ソルフェジオ周波数の中心音、太陽の音である528Hzも聖書の民数記の記述から探り出された音ですが、153Hzは私がヨハネによる福音書の最終章から探り出した、3の大元締めの音です。この二つの周波数には、根源的なものがあると思っています。実際にこの音を聞かせると水が両方とも大きく変化します。と言って、数値的な変化ではないと思いますので、科学的な話しではありません。

 

しかし、528Hzでも153Hzでも、水の味が大きく変わります。甘くなるのは、153Hzです。水が甘くなる、、、という現象を初めて理解したのですが、人間の体はほとんどが水ですので、水を変える周波数には、必ず、大きな意味があると確信します。

 

密かに周波数研究されて、私たちをどのような方向に持っていこうとしているかはわかりませんが、私たちは私たちで、守りの周波数とも呼べる528Hz153Hzなど、3で割り切れる周波数による防衛を必要とする時代に入ってきたと思うのです。

 

MIチューナーはそのために作られたもので、きれいなサイン波を出せるチューナーは重要ですが、それはそれとして、最後の最後の鍵は人間の肉声にあるのです。もしもあなたが核家族であり、または一人暮らしであり、しかも会社勤めにおいても、あまり人との会話がないとしたら、あなたは悪意ある周波数への防御が弱いと考えられます。

 

神は人の発声の中に必要で重要な周波数を入れ込んでいます。朗読する、、、抑揚を持って人と話す、、、抑揚を持って朗読する、、、、それによって、私たちは大きなエネルギーを得られるようになっています。

 

これが、私が皆さまに送る今年のクリスマスプレゼントです。お声を出してみてください。抑揚をつけて語れば語るほど、あなたは元気になっていくはずです。それが叶わない環境の場合でも、抑揚をつけた朗読により、あなたは立ちどころに元気を回復されて行くはずです。

 

 

 

様々な周波数のチューナー群、それがMIチューナー

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共振を求める生きかた

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この世に存在するあらゆる物は常に振動しています。物を構成している元素自体が振動していますので、すべての物は振動状態にあると言えます。

 

振動状態に変化を与えられるものも、やはり振動です。振動や他の振動を吸収し、増幅し、共振します。

 

振動している物には必ずエネルギーが入ります。振動すれば、それを止めようとする力、すなわち反作用がもたらされるのですが、それが本当のエネルギーであり、振動を停止させようとする力がやってきて、エネルギーとなるわけです。

 

常に振動しているということは、古い振動は止められ、エネルギーとなり、新たな振動が反作用を招きます。物質も人間の体も地球も宇宙もすべてのものは、こうしてエネルギーを得て存在しているわけです。

 

振動しているからエネルギーが入るのではなく、振動を止めようとする反作用がエネルギーであり、振動が止まった、止められた刹那のゼロポイントから、エネルギーが入るわけです。無にしかエネルギーが無いとはこのことです。

 

振動=止めようとする力を招き=振動の連続と無の連続が常に起きるため、存在しているものは、常にエネルギーを得ていることになります。

 

振動が弱くなればエネルギ―補充力も弱まります。振動が弱くなるとは、共振を失うことを意味します。

 

ひとつの振動は必ず何等かの周波数を出します。どこからか同じ周波数の振動と出会えば、共振が始まります。共振すれば振動は強く大きくなります。共振現象が多くなれば、共振物には豊富なエネルギーが入り、元気になります。

 

共振現象が少なくなれば、振動も弱まり、やがてゼロポイントから訪れるエネルギーが少なくなり、物質は崩壊へと進み出します。物も人も現象も同じです。

 

一人が大きな石を転がそうとして、強い力を石にかけますが、石はびくともしません。そこにもう一人の人がやってきて、一緒に手伝ってくれると言います。二人は息を合わせて、「いちにのさん」と、一緒に力を入れます。すると多少石は動きましたが、また戻ってしまいます。戻ってくるタイミングを二人は捉えて、再び息を合わせて「いちにのさん」と押すと、前回よりも大きく石が動きました。三回、四回、、ついに石は転がりました。

 

このように二人が息を合わせて石にタイミングよく力を加えると、ついに石は動きます。二人のあった息により力が合わさり大きな力になる、、、すなわち共振行動と言えるでしょう。共振行動が生み出す力は大きくなったわけです。

 

次に、同じ考えを抱く者同士が、何かに義憤を駆られ、不満やる方ない気持ちでお互いの顔を見合わせたとしましょう。その時、二人の視線には、強い思いが共通して認識できることがあると思います。物理的には何も変化していませんが、二人の心の共振は、石を動かした共振行動よりも小さいとは言えません。

 

むしろ石の時の共振行動よりも大きいのです。ひとつの石を協力して動かしたからと言って、人生の何かが二人の中で変化することはありません。しかし、憤懣やるかたない強い思いが、もしも二人の視線の中に共振現象として共有できたら、それは今後のふたりの活動、生きかたを変えさいする、大きなエネルギーをもたらしているかもしれないのです。

 

さらに、相手がだれかも、どこにいるかもわからないものの、ある真実の思いを持った者が、いつも一定の思いを、どこかに、何かに常々投げかけていたとしたら、何が起こるのかということです。

 

一人の持つある思いは、一定の周波数となって世に飛び出し、拡散していきます。物理的には、協力して石を動かそうとする人もいない、気持ちや思いをわかり合える人もいない、、、そんな中でも、一人の持つ思いは意識周波数となって世界に広がっていくのです。そして必ず、その意識周波数と共振現象を起こす意識がこの世には存在します。この世に存在しなければ、あの世に存在します。そっちの方がさらに大きな共振現象をもたらすのです。

 

誰一人知らない、、、誰一人わかってはくれない、、、誰一人いない中で、純な意識を常々どこかに、何かにむけて生きる人がいたなら、これはもうどうにもならない。どこかの誰かと決定的な思いが共振し出し、大きなエネルギーをもたらすこととなり、現実はみるみる変化していくことになります。

 

もし、この世に一人もいないとしたら、その強い真実の思いはあっちの世界との共振現象を開始する。あっちは大元の世界ですから、その反作用は莫大な大きさになっていくでしょう。たった一人が、世界を動かす可能性があるとも言えます。いえ、本当はたった一人でしか世界を動かせないのかもしれません。誰もわかってくれない中で、たった一人で真実を通す人によって、この世はきっと保たれてきたのかもしれません。

 

私たち凡人には到底わかりえない世界の話しではありますが、少なくとも、私たちは、自分が一人であることなど、恐れる必要がないということでもあります。

 

発したものは必ず何かと共振します。共振物や共振者が少ないことは問題ではないのです。むしろ、どういう真実と共振するか、、、ということが大事なわけで、最後には真実の思いなら、それを組み取り、共振し出すあっちの世界があるのです。

 

おしゃれした若者は自分にあった異性を見つけようとします。共振した若者がそれにひかれて縁ができていく、、、そうやって結ばれるカップルもいるでしょう。

 

結婚するなら絶対にお金持ちでなければいや、、、という発信者には、お金しかない相手と共振することになるでしょう。誰が悪いでも良いでもなく、発信の思いと同等の周波数が共振するという現実があるだけなのです。

 

では、何が一番得なのか。原理に従う以外にそれは無いと思うのです。真実の思いの無い人が、真実の愛と共振することはありませんし、自分を捨ててでもこの思いを伝えたい、、、と願う人は、自分を捨ててでもその人を助けたいと思う人と共振が始まるでしょう。そうすれば手がけたことは自然と大きくなります。願いは命以上のものだからです。この世の命以上のものが共振し出すからこの世すら変わり出すのです。

 

すべては一番小さく、誰もいない、誰もわかってくれない、、そういう自分だけの中にある思いと真実以上に、この世に大きなものはないのです。共振の原理が理解できたとき、私たちは妙に焦ることも、切羽詰まることもなくなるように感じます。

 

もっとも小さな、誰にも知れない、良くない思いは、ではどういう現実をもたらすことになるのでしょう。嘘が成功すればするほど、共振は物理的なものとなりますので、すぐに振動は止まってしまうでしょう。そして家単位で、町単位で、国単位で時代単位で、大きな廃墟となる方向しか作れないことになってしまいます。

 

お知らせ

先日のズームによる「月のセミナー」での質問にお答えいたします。

 

Q 太陽と月が同じ星座の場合はどう解釈しますか

月は幼少時代の母との無意識的約束の中でイメージかした自分です。誰もが、この作られた、本当の自分とは異なるこのイメージから人生をスタートさせます。なので、太陽と月が同じ星座にある場合でも、何であれ、最初は月なのです。月の幻惑が消えるには、意識の光が必要であり、その最大のものが太陽です。物まねのスキーの恰好をして、部屋の中で遊んでいた月の自分が、本物のゲレンデのスキーが楽しい、、、と思うようになったとき、月から太陽に脱皮したことになります。伝統的に新月すなわち太陽月の合は、男性には有利で女性にとってはあまり良くないと言われますが、それは男性は社会に出るケースが多く、月から太陽に脱皮する機会が多いので、太陽獲得がしやすいという面があったと思います。女性は家庭に入っていることが昔は多かったため、太陽の獲得が難しかったから、、、と言うことかもしれません。月で生きると、何ひとつ良いことはありませんので、女性にとっては不利、、、という言い方をしたのでしょう。

 

Qなぜ月を信用してはいけないのでしょう

月は幻影を見せ、それは本物ではないからです。嘘の自分を本当の自分だと思って生きていても、何一つ手ごたえはなく、面白いこともありません。現実味がないのですから。月を信用してはいけないのではなく、月には信用すべきものが無いのです。影であり、実体がないものだからです。月はすべてのエネルギーを奪い、人間を死に追いやる働きをしています。ただ、多くの人が、まさか、、、と思って理解したくない、、、という気持ちはわかります。月が嘘を見せる星であり、エネルギーを吸収していく星であることも理解した上なら、その幻影を楽しむことはできるようになります。しかし、それでも昔はさかづきと言い、直接に月を水、水面に映る月を見た風習があり、そこからさかづきが生まれたと、ホツマツタヱにも書かれています。

 

Q月のアスペクトによる違いはありますか。良いアスペクトなら月を使えるでしょうか。

どんなに良いアスペクトがあっても月の影響自体に変化はありません。月はどんな場合でも幻影しか見せません。なので、月のアスペクトが良いからそれが示す仕事に就こう、、、と思ったりしますが、まず失敗します。月でやることはとにかく苦しいのです。しかし、自分でも適正があるかのような錯覚に陥っていますので、つい月に人間はこだわってしまい、無駄なエネルギーを費やしてしまいます。

 

Q月は家にいる時の日常意識として使えば良いのでしょうか。

月は日常の常々の意識を支配していますが、その日常によってくつろげる人は一人もいません。月はエネルギーを奪う星ですから、月でくつろぐことなどできないのです。一人もです。これまでの占星術的には、かに座に月があれば家にいればくつろげるはずですが、そんな人は一人もいません。月がかに座にあれば、家にいることが、家事や家に縛られるのが苦しくて仕方ないのです。だからすぐに外に出たくなるのです。

 

Q出生時の月は在箔のサインの質を損ねるのでしょうか。

残念ながらその通りです。まず、月のサインの才能を失っています。次に月のハウスの事柄にも、エネルギーばかり注いで何ひとつ得るものがなく終わります。次にかに座がカスプになっているハウスにもこうした影響が出ます。月の三点セットで私たちは苦しむのです。

 

Q大本教の出口王仁三郎は月の化身と言われるように、月について悪く言うのは許せない。月は植物を育て、人間になくては無いものだ。いい加減なことを言うなペテン師、、、、というお叱りについて

私は占星術の月について語っているだけで、実際の月の働きについて懐疑的なことは言っていません。あくまで、占星術としての解釈を言っているに過ぎないのです。占星術師が月について語ってはいけないというのでは、占星術ができなくなります。

ちなみに出口王仁三郎聖師と月の関係ですが、私は出口聖師は月をよくわかっていたのではないか、、、と勝手に感じます。体主霊従の時代が今の時代です。それを霊主体従の時代に変えるための働きが大本の役割でした。出口聖師は自ら月の化身となられ、月によってあらゆる物を作っていきます。月宮殿も見事なものだったと言います。しかし、第二次大本事件により、王仁三郎が作ったものは、すべて廃墟と化します。当然、王仁三郎はそうなることはわかっていました。自ら月となることでまず、体主霊従の時代を表現し、それを壊すことで霊主体従の時代の幕開けとなる神劇を演じきったのではないでしょうか。出口聖師の行いはすべて物質的にはゼロに戻す必然があったのだと思います。それは月の化身でしかできえないことだったはずです。

 

QMCに月が重なっている時の影響は

月はどんな場合でも幻影以外は見せません。MCにかかれば、世間に月の幻影を見せる働きとなります。そのため、実像を伴わない人気には有利でしょう。月は評判や人気とは深く関係しますので、人気商売の人は月は使えます。ただし、どんなに成功しても本人の人間的幸福とはまったく関係ないのです。

 

Q進行中の月は在箔のハウスやサインの質を損ねるでしょうか

申し訳ありません。実例が追いつかず、まだ判断できない状況です。

 

おおよそ以上の内容です。詳細は発売中の月の教科書にもありますので、関心がある方はぜひ参考にされてください。

 

私たちは月を誤解している「月の教科書」5000円  

 

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平成お祓いセット内容

棕櫚製高級ほうき・大鈴・小鈴 解説書以上の4点セットです。お祓いにふさわしい物をセレクトしました。一年の間にたまった重たいものをこの際、払い清めてください。ご自身以外にも、ご家族、知人、皆さんでおやりください。ほうきや鈴に重たいものが付くことはありませんので、一式あれば安心して大勢の人をお清めできると思います。

 

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周波数の色々

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周波数の違いは音の高低となります。そのうち、人の耳に聞こえる可聴域の音は20ヘルツから2万ヘルツと言われていますが、2万ヘルツが聞こえる人はかなり耳の良い人です。年齢が行くにつれ可聴域は狭くなってくるのが普通で、私などは13000ヘルツ程度しか聞き取れないと思います。

 

そのため、音楽収録の際にも、どうせ聞こえないよ、、、とばかりけっこう乱暴に周波数カットが行われています。世に出ている一般のCD15000ヘルツ以下ででカットされていると言います。しかし、どうせ聞こえないので、、、という乱暴な発想で問題ないのでしょうか。

 

人は何も耳だけで音を聞いているわけではありません。むしろ耳に聞こえない様々な音を耳以外の部位で感じ取っており、そのことが豊かな人間性や感性を育てている面があるのです。

 

ひと昔前、レコード鑑賞という言葉があった時代ですが、通常のスピーカーから出ている周波数は、軽く4万ヘルツ以上はあったと言います。2万ヘルツ以上は聞こえないはずなのですが、実際にレコード鑑賞していた世代の私には、それはとても懐かしい音として記憶や体感に残っています。

 

その後、さんざん良いものだと吹き込まれて鳴り物入りで世に出たCDの音の物足りなさを聞いたときは、本当にがっかりしたものです。お陰で、以降クラッシック音楽を聴くことはほとんどなくなってしまいました。それまでは狂ったように毎晩聞いていたのに、CD時代になって、私にとっての音楽は別物となってしまったわけです。

 

音楽は色々な周波数を奏で、重ね、様々に展開する音の表現です。良い曲を聞けば心と体が満たされて気持ち良くなったりするように、音楽の力と共に、音自体の力もそこにはあるように思われます。

 

ある音はこうした気持ちを汲み取ってくれる、、、ある音はこうした気持ちを奮い立たせてくれる、、、ある音は悲しみを誘い、ある音は喜びをもたらす、、、

 

音自体に、周波数自体にそうした個性も実はあるのです。音楽表現は様々な音の組み合わせによるものですが、単音自体が持つ個性があり、それは表現としては潜在的であるゆえに、本質的な力と関係します。私たちの心も体も周波数を発しているということは、何等かの同等の周波数と共振することを意味します。

 

何がどのように共振するかによって、私たちは思考や感情における決定的な影響を受けると言っても良いでしょう。

 

例えば、528Hzで私はトーニングすることを提唱してきていますが、それはエネルギーの流れを促進し、共振する物に元気を与える周波数だと思っています。こうしたことは科学的にははっきり肯定されていませんが、体験上、そう感じるわけです。ただ、周波数が物にも影響を与えることだけは、科学的にも何も、実験上の事実です。

 

例えば、金属製の時計やゴールドのチェーン、パワーストーンや宝石類などに、528Hzを聞かせます。すると数分もするときれいに輝いてきて、元の状態とはまったく別物となるほど光り輝きだします。これは誰もが体験できる簡単な実験ですのでぜひお試しください。例外はなく、きれいになります。こうした現象は事実でないとは言えず、答えが明らかに出るためです。

 

では、なぜそうなるのか、、、共振によるエネルギー現象が起きたと私は考えますが、科学的には、周波数クリーニング効果というようなあいまいな原理不明の言い方になるのだと思います。

 

エネルギーが満ちたものはきれいになるのです。エネルギーが不足すると汚れるのです。掃除とは汚れたものを取り去ることではなく、エネルギーが不足した状態にエネルギーを与えてきれいな状態に戻すことを言うわけです。

 

周波数でお掃除できる、、、周波数でエネルギーを与えることができる、、、わけで、体に周波数を与えるのは、立派なお掃除です。眼に周波数を与えれば、眼にエネルギーがいきわたりますので、輝いてききますし、視力も良くなる人がいます。

 

エネルギーが不足している部位を周波数で満たせば、色が白くなったりきれいになったり痛みが取れたり、調子が良くなることが多いのも、そのためです。

 

エネルギーが満たされると、以下の変化が起こることが多いです。

色が白くなる、かわいらしくなる、きれいになる、しっとりしてくる。これはお肌への影響です。とくに髪は早く反応してくれます。

 

ゆったりする、安心する、心配しなくなる、どうでもよくなる、、、これは気持ちや心への影響です。すべてのことをエネルギー問題として考えるとシンプルに理解できるようになります。

 

あらゆる問題はエネルギー不足が起こし、あらゆる問題の解消はエネルギーが満ちることによって収まる、これが方程式になります。

 

以上は528Hzという周波数で顕著な出来事です。もちろん科学的な認証は得られていませんが、事実がはっきりわかるケースがほとんどなので、その理由を自分なりに語らせていただいている、、、というわけです。

 

ただしどんな周波数でもそうなるとは限りません。水によく働きかける周波数は153Hzですし、心の中にある深いトラウマをエネルギー化して問題解決を図るのは、432H396Hzです。それぞれ特徴があるのです。まさに八百万の神様と同じようで、それぞれの周波数にはそれぞれの働きがあります。

 

お金が欲しい時はあの神様にお参りするのがいい、、、事業成功の神社はあそこ、、、などと、それこそ無数の御利益を約束する神様がいるわけで、縁切りの神様に結婚の願掛けしても効果がないのだと思います。

 

おそらく神様もエネルギーなのでしょうから、どの神様は何々に、この神様は何々に、、、というのが、エネルギーであるならば、正しい姿であると言えると思います。

 

周波数もそのように使えるわけです。

 

その中でも体験的にとても重要と思われる周波数があります。

代表はソルフェジオ周波数でしょう。396Hz417Hz528Hz639Hz,741Hz852Hz6周波数です。それは下記のような特徴があると言われます。

 

396Hz 罪の意識や恐怖の解放 先ほど語ったトラウマの解消につながります

417Hz 変化に挑戦する心 知性 理解力を生む周波数です

528Hz 無限の可能性 DNAの修復 ソルフェジオの中心音であり代表音です

639Hz あらゆる人間関係の向上 人といることが苦にならなくなる音です

741Hz 問題を解決する力 表現力 受験生にはよいかもしれません

852Hz 直観力 自分の魂を知る  天上とつながる音と言われます

 

これら周波数の効果については、科学的な根拠はなくとも、大勢の人がそのように理解し、感じ、体験し、その個人的な事実を信頼することで世に広まっています。

 

それは神社でのお参りの構造と非常によく似ています。本当に御利益があるかどうかはわかりませんが、多くの人がそう感じ、何等かの体験をし、その個人的な事実を信頼することで、世に広まっているわけです。

 

ソルフェジオ周波数はすべて3で割り切れる数で、しかも人間の声帯域の周波数です。

 

もうひとつ、私が数秘上で行き着いた18の周波数があります。ゲマトリア的には9は無であり無限と関係します。無と無限が同一であるとの視点が今の科学にはありませんが、18の周波数では9は無であり無限そのものであるとの視点に立ちます。表面に表現されている9はこの世の働きとしての9となりますが、隠れている9は、無であり無現の世界からこの世にエネルギーをもたらす数と捉えるのです。

 

あの世からこの世にエネルギーをもたらす働きは隠れた9に見ることができるわけで、18という数も、189が隠された数でエネルギーをもたらす構成になっています。

 

もう一方で、完全数は3桁の数で表現されます。数は9しかありませんので、数をグループ分けすると、1.4.7.  2.5.8  3.6.9 の三つのグループに分かれます。1.4.7のグループは1系列のグループで1から始まり+34、+37 となるグループです。

 

2.5.8のグループは2系列のグループで+35、+38となるグループです。3系列のグループは3から始まり、+36、+39となります。

 

以上、数はすべて1系列、2系列、3系列のどれかになります。3桁で、しかも1.2.3系列のすべてがあり、合わせて無の9を隠し持つ数は完全数で18しかありません。

 

それは下記の18です。

まず、1.2.6の組み合わせが下記です。

126  162  216  261  612  621

次に、1.3.5の組み合わせが下記です。

135  153  315  351  513  531

最後は、2.3.4の組み合わせが下記です。

234  243  324  342  423  432

 

以上の18の数はすべての系列を持ち、しかも9を内包する完全数です。足せばすべて9となりますが、9は表に出ずに隠れています。18の数の中でも特に完成している数は153です。1533で割り切れるすべての数が還元し、153に戻ることとなり、この数はヨハネ伝の最終章に出てくる、アナロジーを持つ数です。復活のイエスが語る背景から、復活の希望、消えることのない命を意味します。救いの数とも関係していると思います。こうして行き着いた18の数の中には、シュタイナーが本当の音楽の基音であるとしてこだわった432Hzもあります。

 

無数にある周波数ですが、ご紹介したソルフェジオ6音と18の数から来る周波数は安心しておすすめできる周波数です。合計24音あります。

 

八百万の神様がいらっしゃるように、周波数も色々であり、中には人間に意地悪く働く周波数もありますが、おおむね、3で割り切れる周波数が人間にとって悪く働くことは少ないのです。とくに発声域にあればまったく心配いりません。666でさえ心配ない周波数だと思いますが、おそらく女性がヒステリー発声するあたりの周波数ではないでしょうか。多少は困りますね。その中でも24の周波数は私が理解できた安心できる周波数であり、エネルギー不足から生じた問題を解決に導く働きがあると思います。

 

世の中は様々な人口音で満ちていますが、それが安全な周波数なら問題ないのですが、非常に疑問を感じます。危険な音、危険な周波数から自身を守るには、前述した周波数を取り込むことは理想ですが、それができない場合でも、人間の発声域にある周波数でエネルギーを取り込むことができるわけです。

 

大家族で色々な周波数が飛び交う環境なら元気が得られますが、現代は核家族もしくは単身家庭ですので、色々な周波数を取り込むことができづらくなっています。そこで、朗読や歌を歌うなどで、色々な発声域の周波数を得ることが重要になります。

 

年始には色々な神社にお参りして心身の安寧をお祈りするように、ぜひ周波数を取り込んで良いエネルギーに満ちた年にしてほしいと思います。来年から、新元号です。新たな時代には、ぜひとも周波数を意識した周波数生活をお送りくださるようお願いいたします。

 

528Hzチューナー、153Hzチューナー、そしてソルフェジオチューナーは発売していますが、それがなくても、発声域を目いっぱい意識し、朗読や歌によって色々な音を出すことで、まったく違った生きかた、大げさに言えば、まったく違った人生が始まることでしょう。

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幻影に気づくことから始まる覚醒の道 (前編)

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 私たちは最初にできたイメ―ジによって周囲や社会を眺めます。三つ子の魂の正体です。最初に作られたこのイメージは、子供時代に限らず、成長したのちも、私たちがそのことに気づくまで生涯にわたって続きます。

 

そのイメージは時々現れてくるものではなく、四六時中にわたります。私たちは最初に作られたイメージで自分を認識しようとし、周囲や社会も認識しようと、常日頃、そうした無意識化の中にいるのです。最初に作られたイメージの眼鏡を常に掛けている状態と言ってもよいでしょう。

 

最初にできたこのイメージは、理由あってのものではなく、私たちの意識が介在しないまま、最初にイメージしたという、ただそれだけの理由によって、生涯にわたって私たちに付きまとうのです。

 

しかし、まだ判断も未熟な幼少期の私たちが抱いたこの世の印象や自分像が、正しいわけがありません。事実でないに決まっているのです。なのに、私たちはそれをずっともち続けてしまう、、、

 

考えてみれば、とても怖いことです。私たちの人生は、事実ではない幻影を見るところから出発し、それに気づくまで、永遠にその幻影が本物だと思いながら生涯を生きてしまうのです。自分のことも、人のことも、社会のことも、すべて最初のイメージの眼鏡で見、それが本当であると思って生き続けているのです。

 

この世は幻影であると言いますが、この世が幻影であるというより、私たちが見ているものがすべて幻影なのです。幻影は無意識であり、幻影が幻影であると意識されるまで、それは続きます。強制力を持って幻影は続くわけです。

 

幻影、、、嘘を事実と思いながら送る人生が、素晴らしいものとなるでしょうか。なるわけがありません。幻影を事実と思いつつ生きても、本当の手応えを得ることはできないので、どうしても気持ちが暗くなったり、不安になったり、不安定にならざるを得ないからです。

 

多くの人はなぜ不機嫌なのでしょうか。なぜ、苦しむのでしょうか。なぜ、楽しめないのでしょうか。幻影を事実だと思っているからです。そう思いたいからです。それしかないからとも言えます。

しかし、そんな私たちでも、時には元気はつらつとなり、きちんと未来について考え、手応えをもって活動することがあります。

 

それは、幻影が消えている時なのです。どんなに最初に作られた幻影が強制的であっても、幻影は意識の光の前では、まったくの無力です。影は光に照らされたら存在できません。私たちが意識的な態度を取り、意識的に生きている時、幻影は単に日頃の眼鏡ではあり続けるものの、力を持つことはできません。

 

しかし、意識的な態度や行動、意識的な目的を持てないまま生きる人は、容易に幻影につかまります。幻影の眼鏡は常にあるのですから、無意識的になったとたんに生まれ持った幻影がすっと入り込んできて、私たちを支配します。

 

不機嫌、弱気、落ち込み、自信喪失、落胆、暗さ、不適切な怒りや極端な反応は、私たちが意識的でいられず、幻影に捉えられている時の症状なのです。

 

人は意識的に生きない限り、エネルギー不足に陥ります。なぜなら、意識そのものがエネルギーだからです。意識とは、何かに関心を向けたり、何か方向だったものへ無心に注ぐ関心です。微細な圧と言ってもよいのですが、微細な圧があれば反作用があり、エネルギーがもたらされます。

 

幻影に捉えれている時は、私たちはエネルギーを失います。幻影は意識のみによって消えますので、幻影に捉えられている時は、意識的でないことを意味します。なのでエネルギーが入らず、いらだったり、元気でなくなったり、不安になったり、弁解を始めたりするわけです。

 

人生はこの幻影と意識との常日頃の争いと言ってもいいかもしれません。幻影の無意識の領域が大きくなれば、私たちはその分受け身となり、与えられるものに対して不服しか言わない、つまらない生涯に陥っていきます。

 

意識の領域が大きくなれば、人は老人になっても元気でいますし、自分の道を歩んでいますので、その手応えと満足から口うるさくなることもないし、自分の人生に満足しています。

 

まさに、幻影の生涯を送る人と意識的な生き方をした人との違いです。何も老人になるまでもなく、この両者の領域争いは常日頃行われています。どんなに意識的に一時的には生きた人でも、生まれつきの幻影の眼鏡に再び捉えられ、人生の浮き沈みを演出します。

 

多くの人が、幻影と意識の狭間を行き来しながら生きており、幻影に偏った時は不幸となり、意識的な生き方をしている時には元気で幸福なのです。エネルギーの観点から見れば、それは当然です。意識からエネルギーが入り、無意識からエネルギーが奪われて行くためです。

 

人生の目的はより意識された存在になる以外にないということでもあります。

 

それには、自身の中にある幻影がどのようなものであるかを理解することが大切になってきます。面白いことに、そこにはパターンがあり、そのパターンがその時々で入り混じることはなく、同一の幻影のパターンが、生涯にわたって一人の人に続くのです。

 

幻影のパターン自体は人によって違うものの、一人づつは同じ幻影のパターンを持ち続けながら生涯を生きるのです。AさんにはAさんの幻影のパターンが生涯続き、BさんにはBさんの幻影のパターンが生涯続くのです。

 

私たちが捕まる無意識のパターン、捕まる幻影は常にその人にとっては同じものなのです。これは考えてみれば不思議です。色々な、様々な無意識が存在しているはずなのに、個々での捕まるパターンが常に同じ。それが幼少の最初に抱いたイメージであり、それは永遠に変わらないということでもあります。

 

この構造には、実は大きな救いが隠されています。自分特有の独自の落とし穴があるということは、それさえわかれば、それさえ意識できれば、幻影に踊らされる人生からさようならできるということになるからです。

 

そのことを教えてくれたのが、占星術でした。何回かお話しさせていただいてきた、月の星座が私たちが抱く幻影のパターンを教えてくれていたのです。

 

出生の月なんか自分は知らないし、そんなこと考えたこともない、、、というのが通常の人ですが、それでも確実に出生時の月の星座によって、その幻影のパターンがその人を支配しているのです。

 

なぜかは、私にもわかりません。占星術発生の大元からの秘密でもあったことでしょう。もしくは、占星術を人類に与え、幻影の仕組みを理解させるために、宇宙人がもたらしてくれた学問であったのかもしれません。

 

とにかく、理由はわかりませんが、私たちは生まれた時に幻影を見、そのパターンを持って生涯を送ります。そのことが、人類の覚醒を遠ざける働きをしているのですが、そのパターンを知ることで、覚醒に導く働きを占星術は負っているのかもしれません。

 

ですので、占星術にどんなに批判的な方でも、下記の月の12星座をご覧になれば、自身に働いてきた幻影の正体がわかります。本気で真剣に考えてくだされば、まず例外なく、確かにそうだった、、、とわかります。それによって、本当は自分が何に苦しんでいたかがよく理解できますので、その落とし穴にもう落ちることはなくなるわけです。そうなれば生きることが楽になっていきます。

 

出生時の月が私たちに与える幻影には、例外はありませんので、あなたの出生時の月の星座をぜひ調べてみてください。調べ方は、ネットで「無料ホロスコープ」と検索すれば、必ずあなたの出生の月の星座を調べることができます。

 

それに沿って、下記の内容を自身に当てはめてお考えください。実際の12星座の月の解説は次回、続いてお届けいたしますので、お楽しみにお待ちください。

 

月を知ることは、自身の幻影を知ることであり、それを知れば、覚醒が始まります。占星術の意義は本当に大きなものがあると思います。

 

明日には、続きをアップできると思いますので、できましたら、それまでにご自身の出生時の月の星座をお知らベくだされば、楽しめると思います。なを、月の調べ方についてのご質問は受け付けできませんので、その点はご自身でよろしくお願いいたします。

 

 

お知らせ

ふたつの新年ZOOM企画のお知らせ 201916日昼の1時から&7日夜の8時から 

   2019年の世界と日本を徹底的に占う」16日午後1時-2時半 10000

来年の世界と日本は確実に大荒れになります。これまでも大きな変化は続いていましたが、マスコミが流す情報操作及び、事実を伝えない政権などの動きによって、国民感情的には変化がないと思われがちでした。しかし、トランプ政権樹立後、アメリカも世界も目には見えない戦争状態が一国の中で繰り広げられてきした。トランプを支持するアメリカと支持しないアメリカの分裂及び、世界支配構造の分裂が続いていました。トランプ革命は徐々に進展しましたので、日本のマスコミはトランプがどうしようもないバカ大統領との印象付けに追われており、今もそれは続いています。フランスで行われているデモも拡大傾向があり、フランス各都市への伝播、イギリスやベルギーへもその影響は伝わっています。日本のマスコミの捉え方は相変わらず、「フランスの暴徒は、困ったものですね」というお茶の間感覚で伝えようとしていますが、実際にデモ隊が求めるものが、革命に変わりかねない流れが出てきています。フランスでもアメリカでも、マスコミが嘘ばかり言っていたことが追求の方向になりつつあります。日本とは直接何の関係もないかのように思われますが、来年の春分図には国民の覚醒を促す天王星が一室にあり、政府を表す10室には土星と冥王星があり、直訳すれば、政府転覆の暗示と言えなくもないのです。日本で革命が起こるとはまさか思われませんが、星が示す内容はそれに近いものがあります。自分の常識的考えと星が示す意味が反することは多いのですが、常に星が示す意味が実際となったことがほとんどでしたので、今年も恐れずに自分が解読した範囲ではありますが、世界と日本の動きについて語らせていただくことになります。その結果は、これまでにない具体的な変化の年になるということです。明治以降あり得なかった革命が日本で起こり得る、、、それについての詳細を語らせていただくことになるでしょう。元号が変わるという意味では、確かに大きな変化は確実なのですが、日本は不思議にも元号が変わった途端に大きな変革に見舞われることが多かったです。来年もそうなると思います。新年のZOOMセミナーにご期待ください。

 

 

   2019年のあなたのすべてを占う・12星座別詳細」17日午後8時―9

時半 3500

 

週初め、7日の夜に行う、新年ZOOM企画二弾は、各個人の来年の運勢を占うものです。激動の2019年、あなたの一年のすべてを占いましょう。

幸運の木星はいて座、試練の土星と冥王星がやぎ座で合。個人的にも激動が予想される来年です。判断と決断によっては、大きく伸びる人もいれば、間違えれば奈落の底にまで落ちかねない、、、けっこう極端な年となるでしょう。何が分かれ目か、何が発展の糸口か、何が落とし穴か、、その詳細を語りますので、どうぞ新年の7日の晩にお会いいたしましょう。

 
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幻想に気づくことから始まる覚醒の道(後編)「月の支配に気づく」

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 昨日の前編では、私たちは幼少の時期につくられた幻影を通してすべてのものを見ているとお話しいたしました。その幻影は子供時代だけでなく、生涯にわたって続く固定された眼鏡のようなものであり、それを占星術では月の星座によって判断できるとの内容でした。そして今回はその月の影響について、具体的に語らせていただくことにいたします。

 

出生時の月の星座がなぜその時に生まれた人の幻影となるのか、、、その理由は分かりませんが、天体と地上、天体と人間には相関関係があるという占星術の約束に従うほかありません。迷信であるとか、科学的でないという理由で忌避される方もいて当然ですので、どうぞリラックスされてお読みいただき、ご判断されていただけたらと思います。

 

今回の内容はほとんどが占星術の月の解釈になります。しかし、月の解釈の主流は、今回ここで語られるものとかなり違っていることを先に申し述べておきます。これから私が語る内容は、月が幻影であり、幻影によって嘘の世界を見せられている精神の構造について語るものです。一般の占星術の月の解釈は、そうではなく、月の星座に示されている内容を前向きに受け取ろうとします。

 

月は個性であり、月の示す能力についても肯定的です。私の解釈は、それとは真逆で、月は幻想であり、月が示す個性は仮につくられたものでしかなく、月が示す才能もない、というかなり極端なものです。そのため、月が示す自分像は偽りであり、月が示す才能を発揮しようとしても、それはまったくうまくいかない、、、と考えます。うまくいかないどころか、月によって動くこと自体が人生の落とし穴であり、私たちの生涯を幻影に押しとどめるために働くのが月であるとの視点なのです。

 

伝統的な占星術においても、月のキーワードは「死」であり、「反射と吸収」「模倣」「過去」「記憶と感情」とあります。これをよく考えてみれば、月の本質がリアルや意識とは異なることがわかると思います。しかし、天体が人間に悪く働くわけがないという日常感覚によって、月は誤解されていったのだと思われます。

 

私の言うことが正しいとは言いせんが、月が死の星であり、過去の星であり、エネルギーを根こそぎ奪う星であると分かった時点で、黙ってはいられなくなったのです。幾度も私たちを輪廻の道に戻らせ、幾度も同じ失敗をさせ、すでに持っているものからすらエネルギーを奪おうとする月を、ロマンで語ることはできません。

 

とはいえ、多くの占星術師が語る月の前向きな思いは、私もかつてはそのように判断していたわけで、否定はいたしません。色々な解釈があって当然です。また多くの占星術師の皆さまの中には、従来の月と私が語る月の内容をうまく理想的にまとめてくださる方が、いずれ出てくると信じております。

 

ただ今の時点では、私の月についての真逆の解釈は、占星術師の先生方や多くの月ファンの皆さまに、多少乱暴な印象を与えかねない点があり、それについては、ご容赦いただけたらと思います。

 

そして現在の月解釈をさらに深める意味で、私の月理論を感情的に押しやるのではなく、きちんと目を通していただけたらと願っております。

 

日本の最初の天文歴、「エフェメリスオブジャパン」を世に出し、その天文歴によって数多くの占星術師の皆様が学ばれたという経緯もあります。また、高齢の占星術師であるということも加味され、愛先生が何かうるさいことを言ってるよ、、、というご視点で構いませんので、どうぞ新しい月解釈に目を通していただけたらと願う次第です。

 

さて、前置きが長くなりましたが、月がなぜ幻影なのかということについてもお話しさせていただきます。

 

この世のすべての色は、太陽の光の成分の中で、吸収できないものが残ったものです。例えば、黄色の物質は、太陽の光の黄色のみ吸収できずに反射してしまうので、黄色に見えるわけです。私たちはその物質を、黄色い物、、、と言いますが、正しく言うなら、黄色のみ吸収できなかった物質で、黄色だけではない物、、、となるわけです。

 

そして月は太陽の光のほとんどを吸収してしまうのです。太陽の光のほとんど、、、すなわち太陽が持つ、生命力、パワー、意識力、を月は太陽から奪いますが、吸収できずに反射した光にはびた一文、そうした太陽の恩恵は残しません。月の光は太陽の出がらしであり、実体のない、太陽の陰のようなものなのです。

 

月の吸収と反射とは、太陽のエネルギーを余すところなく吸収し、残った陰を地球に向けて発射している天体、と言ってもいいでしょう。ただし、ここで言う月とは、実際の天体の月のことではなく、あくまで占星術上の月の捉え方ですので、誤解なきようにお願いいたします。

 

なので、月にはエネルギーは無く、むしろ昼間の地球に残されている太陽のエネルギーをさらに吸収しようとする奪う星なのです。

 

これが月理解の基本の構造で、これを各星座に当てはめて本日は解説いたしますが、月の星座が表すあらゆる素養、素質、才能、を月は吸収して奪います。そのため、月の星座でわかることは、星座が示す才能、素質、素養だけは無い、との解釈になるのです。

 

月がてんびん座にあるので、エレガントな人です。とこれまでの占星術では語りますが、月の基本構造を理解したなら、それは逆になり、その人は、エレガントにならなければならないとばかり、大きなエネルギーをそこに注いでしまい、その上、大してエレガントになんかなれない、、、、となるわけです。ただし、月並みな成功は期待できます。ただ、その場合でもエネルギーを使ったわりにはうまく行きませんし、本人は疲れ果ててしまった結果が、最高でも月並みなのです。

 

私たちは、月のこうした影響を知らずにいると、人生で消費する70%以上のエネルギーを月によって失っていきます。エネルギー泥棒が月なのです。月は常日頃の眼鏡ですので、常時、私たちに「お前はエレガントでなければならない」と強制する幻影を持たせます。幻影なので理由もないし説明もできないので、私たちが意識的な態度でない限り、月の幻影の強制に多くの人が捕まります。

 

従来の月の解釈で、多くの人が的中しているように感じるのは、「あなたはてんびん座の月なのでエレガントですね」と言われれば、本人は確かにそのように解釈できます。なぜなら、常日ごろ、そのことで苦しみ、頭を悩ませているからです。エレガントであることと、エレガントにならねばと焦ることには、天地の差がありますが、言われてみれば、確かに当たっている、、、、というからくりになっているわけです。

 

に受けて、「では美的な仕事に就こう、、、デザイナーになろう」と思ったら、苦しみの人生が訪れることは明白です。その才能だけは間違いなくないのですから。無いからこだわります。なので、従来の月占いでも、的中しているような気がするわけです。しかし、それを本気で才能と思い、その道に進めば、どうなることでしょう。考えるだけでも苦しい生涯になっていきます。(なぜか赤文字ですが意味はありません。操作ミスです。)

 

月の星座の見方

月の星座が示すものが、その人には無い、、、、これが公式です。無いのです。影だからです。実体は無いけど、常に影を見せる眼鏡をかけていますので、影についてのそのことばかりを人は考えたりして、支配されるようになります。

 

人間の常日頃の考えや感じ方の7割程度は出生時の月が決めています。それだけたくさんの時間と労力を使いつつも、それは影なので、そこからは何ひとつ、具体的で良いことは起こりません。月を知ることが、月の働きを知ることで、私たちは自分の本当の人生を取り戻さなくてはならないのです。

 

では、個別の解説にうつりましょう。解説はすべてマイナス面ばかりとなりますが、それはあなたがダメという話しではなく、月サインについての解説ですので、ご理解ください。どのような素晴らしい人格者でも才能豊かな人でも、必ず、月があり、マイナス面というか、そこにこだわってしまう面があります。それに気づくことで自由になっていただきたい、、、との観点からの説明ですので、内容はシビアに行きたいと思います。どうかご理解の上、よろしくお願いいたします。

 

おひつじ座の月の人

キーワード 我あり

おひつじ座のキーワードは我あり、ということですので、月の場合は、それがない、ということになります。すなわち、我が無い、、、ということです。我がないとは、自分という感覚がなく、それを常に求めていて、自分自身にこだわる現象を生じます。人前で自分にこだわるから自分を出しにくくなります。初めての人たちの集まりでは、非常におとなしくなります。それでいて、自分の存在が危機に瀕すると、危機感から自己主張を始めます。電車の関取りなどの際に結構真剣になったりしますし、並んでいる列がゆがんだりしていると、自分の権利が脅かされる危険を感じて、まっすぐに並んで欲しいと思ったりします。自分とは何か、、、その手応えがなく、自我の弱い生き方になる人もいます。また本能が弱いので、そよ風で風邪をひいてしまうようなヤワな面がありますが、肉体的にはスポーツマンのように見えたりします。実際はスポーツの能力は疑問です。喧嘩は強いように見えますが、実際には非常に弱い結果になります。すぐにカッとしますが、それは自身を否定されたように対する反発として出てきます。この人は決して怒ったり、スピード化したり、焦ったり、せかせたりしてはいけないのです。それによって、月を刺激し、自身を弱い存在に感じだしてしまうからです。月のおひつじ座は見せかけのおひつじ座ですので、それは幻影であり、月が求めるものに従うことは命を縮めます。刺激物を食さないことも大切です。

 

おうし座の月の人

キーワード 我所有す

我所有す、がおうし座キーワードですので、月の場合はそれがないのです。所有するものがない、、、自分の物を何ひとつもっていない人でありその状態。あなたはお金やこの世的な富を求めますが、手に入らないはずです。また、お金に限らず、空間を所有し、五感の快的さを求めますが、実は五感など大して豊かでないのです。ただ、いやなにおいやまずい食べ物には、決まって文句を言います。それは空間所有ができない焦りなのです。五感の不快に常に悩み、そのため、イライラします。五感の不快に常に反応しながら生きる人生になりやすく、豊かさが得られません。おいしいお茶とお菓子と優雅なソファーでゆったりしたい、、と頭では思いますが、めったにそうした豊かさを味わえません。何かが常にあなたを急き立てるように不快さを抱かせるからです。お金にこだわるのもよくありません。所有できないためと、いくらあっても欲望が優先しますので、常にお金に追われる人生になりがちです。声が小さく損をしている可能性があります。自分のは豊かな五感があるお思って、五感を頼りにする香りや食の仕事についても苦労して終わるでしょう。人の物を欲しがる癖も自身を貧しく感じるきっかけになります。金持ちに見えても見せかけの金持ちですので、見栄を優先させると人生そのものを破壊してしまいます。

 

ふたご座の月の人

キーワード 我思考す

思考するがキーワードですので、このひとは思考ができない人です。考えることができないし、よくわからないのです。ふたご座はコミュニケーションの星座でもありますが、月の場合はそれが無いので、コミュニケーションが苦手で本当は下手です。しかし、なぜだか、それが上手だと自身でも思いたく、結果として非常に苦労を重ねます。間違っても人に教える立場にたったりしたら苦労するでしょう。コミュニケーションに関したことでは、どんなに努力しても評価は低いのです。しゃべるのが下手で、何を言いいたのかわからりません。機転が利かず、融通性がなく、考えや行動に流れがありません。ギクシャクしています。兄弟姉妹との関係性もなぜだか薄くなるでしょう。空気を読めない人で、突然の対応がまったくできません。意味ないことをひとりでしゃべり続けたりします。

何か話しをしなければいけないと勝手に誤解します。コミュニケーションを奥底で恐れているためです。子供に無理に勉強を教えたいなどと考えますが、本人は疲れますし、子供にとってもいい迷惑となるでしょう。教える能力がないのです。

 

かに座の月の人

キーワード 我感じる

かに座キーワードが感じる、、、ですから、月のかに座は感じられない人になります。感じ方がマヒしてたり、感じることができない意味です。かに座は母の星座ですので、母としての能力がまったくないことも意味します。母に向いていませんし、本人にとっても子供の面倒を見ることがつらいのです。家事も嫌いです。なのに、良き母になろう、、、おいしい料理を作ろうと頑張りますが、心理的な頑張りが優先し、結局はストレスによってどうにもならなくなり、外に出かけて時間ギリギリまで帰りたくなくなる人です。家や家族のことを考えるとプレッシャーとなるでしょう。ウエットではありませんが、自分が傷つけられたことには多少敏感です。帰るべきところがなく、心の住処、安定した自分を守る場所のない人です。かに座は胃を表しますので、胃の働きが常におかしいかもしれません。消化吸収力が弱いでしょう。疲れてもエネルギーの補充ができないので、倒れるまで動き回るケースがあります。日常に必要な記憶が飛んでいたり、無いという場合いがあり、家族に驚かれたりします。自分を守ることが下手ですので、ヒステリー反応する以外に守りようがない面があります。自分は思いやりが深いと思っていますが、家族の誰一人、そう思ってはいないかもしれません。

 

しし座の月の人

キーワード 我志す

しし座のキーワードが我志すですので、志が持てない人になります。実際には志すことばかりを言い続けますが、実際にそうなることがないのです。意欲が不完全で集中力に欠けます。そのため、将来のことを言い続けますが、空に描いた絵のように周囲から思われます。理想的なことばかり言うので、段々と軽く思われるようになっていきます。パットした面がなく、誰にも強い影響力を発揮できなくなるでしょう。軽く扱われたり、注目を浴びられないジレンマを感じることが多いのですが、本人もどこかあきらめており、注目されてしまうとかえって失敗することになりがちです。誰も従ってくれないのでリーダーには不向きですし、目立つ立場に立ちたいとの思いに振り回され、結局はもっとも目立たない形で終えることが多くなります。自分を素晴らしい人間で能力ある人間だと思いたいのですが、やっていることはちぐはぐで、最後は人に譲ってしまうでしょう。目立とうとしないことです。他の自己実現の道がありますので、どっしり取り組めることを意識的に作ることで、浮ついた気持ちから脱却したいものです。

 

おとめ座の月の人

キーワード 我分析す

キーワードが分析ですので、月の場合は、分析できない人になります。管理することが苦手で、部屋はいつも汚れています。掃除や整頓をどうやっていいかがわからないのです。それでいて、部屋が汚れたり整頓されていないことがイヤで、自分に傷つきます。ただやればいいのですが、どうやってやっていいかがわからず、最終的にさらに汚れたり整頓できないこととなり、そのことで本当にストレスを感じます。ないものをやろうとするのは、どの月にも共通していますが、おとめ座の場合はそれがわかりやすいかもしれません。清潔好きだと自分では思っていますが、清潔であったことなどありません。境界のない見方や考え方で、物の扱いも乱暴です。新品でも中古品のような扱いをします。義務を果たす能力に欠けますが、そうしなければならないと思い、ストレスを増大させます。毎日決まった仕事を定時に行うことができませんので、仕事はつらいでしょう。義務を果たす能力がなく、それは責任をとることができないという思いから来ています。自身のケアもできないため、体中に傷やあざが残るようなケースも多いでしょう。秩序だった考えと行動ができないのでいやな思いをするかもしれません。健康管理ができず、順番がでたらめで、マニュアルを見ても勝手にやってしまい、物や機械を壊したりしがちです。食べる物が混じりやすく、何を食べているのかが、周囲からはわからないようなことがよくあるでしょう。それでいて、常にきちんとしなくちゃいけない、、、という思いがあり、それが心を痛めるように働くのです。

 

てんびん座の月

キーワード 我均衡す

均衡がキーワードですので、月の場合は、均衡がとれないことを意味します。極端なことや極端な生活態度が特徴です。天秤の片一方に偏った考えややり方しかできないのです。何かにのめりこむとそれだけとなり、他の生活へのウエイトはなくなります。とくに苦しいのは人間関係です。人間関係のバランスがわからないため、一人でしゃべり続けたり、会話が途切れることを恐れて不自然に話したりしますが、そのことが、周囲からは浮いた印象に受け取られます。本人もどうしていいかわからないまま、常にこれじゃダメだと、、、人間関係に気を使い続けます。やめてしまえばいいと思うのですが、なぜだか、苦しい人間関係でも続けなくてはいけないと思っていますので、無駄な努力でエネルギーを失います。

パーティの会場で踊る相手を探してふらついているような孤独感があります。何事も偏ったやり方になり、平和的に運べない面があります。美的にすぐれていないのですが、美的でなければいけないと思っており、気を使って疲れます。公平な考えができず、人との協調が理解できません。不毛な人間関係のために、人生のエネルギーの7割以上を使い切ってしまうかもしれません。

 

さそり座の月の人

キーワード 我欲す

キーワードは欲す、ですので、月の場合は欲するものが何かわからなくなっています。しかしそれでも常に何かを欲していますので、日々の日常のおける小さな出来事に関しても、何か重大な意味があるはずであるとか、何か重大なものがどこかに隠れているというような、一種の妄想があります。自分の手にかかること柄、自分が関係するものは、すべて何か重要でなければいけないという考えに縛られています。日常の中でそうした心理を持つため、配偶者は疲れるかもしれません。セックスでも感動がなければよくない、と幻影の中で確信していますので、回数であるとか、相手への要求がうるさくなる傾向ですが、それでいて、自身にはそうしたセクシャリティの能力はあまりないのです。集中力もありません。一人の人を深く愛する能力にも欠けているかもしれません。真実の愛がわからないのです。過度な完成度を求めるのですが、完成度の高さがわかりません。秘密を隠し通せない面と、秘密がないという面があります。ひとつを選択することが難しく、選べない場面が多くなります。性的でもないというのは、子供の面を強めます。どこか子供じみたところがあります。日常の中でも非日常を求める焦りによって、エネルギーの多くを消耗している人です。自分が普通では嫌なのですが、本当は子供なのです。

 

いて座の月の人

キーワード 我理解す

キーワードは理解ですので、月の場合は理解力がない、ということになります。何も理解できない、間違った理解に固執する、発展性のない思いや考え方、理解したふりは常日頃しています。普遍性がなく、立派な思いに沿った行動ができない。教養ある風を装うが実際にはない。勉強ができるようでできない。社会正義を感じられない。立派な人ではないけど、立派な人に思ってもらいたい。感じよい人として通すのにエネルギーを消費する。実際に感じよい人に見えるが、エネルギー不足になると、その場から逃げてしまう。目標が定まらない、すぐに行動に移せない、社会性が持てないが、反社会的とも言えないが、ギリギリのインチキは大丈夫な人。急げない、哲学がない、深い考えがない。誰も説得できない。学びたがるが無駄な結果に終わることが多い。この人には、人生や社会現象を深いところで理解する力がないのです。感じよい人、立派な人に思ってもらう印象付けのために、ほとんどのエネルギーを使い果たします。

 

やぎ座の月の人

キーワード 我使役す

キーワードが使役なので、月の場合は自身を使うことができません。仕事や社会的な場面で自分を活かしたいと思いつつも、それができません。働くことや仕事に不向きなので、一人で行う作業で収入を得るのが良い場合も。社会に出なくてはならない、、、社会で自分を活かさなくてはならない、、、とのストレスで常に追われていますが、結局はできないことが多くなります。時間をうまく使えないので、社会性には欠けてしまいます。時間を守るのも苦手です。父の不在感の中で育ったか、父親が社会的に失敗した姿を見ているかもしれません。使命が持てない。定職に就けない。我慢が利かない。肩書が得られない立場に立つことが多いでしょう。役立てないものばかり持っているというジレンマ。自分の持ち物がガラクタに思えてしまう不幸。貯金ができない。組織に向きません。価値あるものを見抜けない。長期展望がないので、その場その場での生き方になりがちです。

心理的な重荷にも耐えられませんが、肉体的な重荷も苦手で無理すると不幸を招きます。肌のトラブルや寒さにも弱いでしょう。骨格に問題がでやすいようです。

 

みずがめ座の月の人

キーワード 我知る

キーワードが知る、、、なので、月の場合は何も知らない人になります。形だけの知識をひけらかしたり、間違った直観を持ったりしがちです。本物の直観が来た場合はなぜか尻込みし、その直観に従えません。周囲を気にするためです。孤独が嫌いで、耐えられません。月の場合の孤独感は、そばに人がいないとイヤという孤独感ですので、内容はどうでもいいのです。心や目的が通じていなくても、形だけでもいいから誰かにいて欲しいと願います。形だけの友人連合。天才的なところがないのですが、自分がさも天才であるかのように見せたがります。発見はなく、ひらめきが足りません。自由平等意識も弱く、ゴシップに傾きがちです。正直でない面があり、真似事なのにあたかもユニークであるように見せようとします。血の巡りが悪いので血行障害に注意がいります。意味のない人間関係の形式的維持とユニークさという才能の印象付けのために、人生の7割に近いエネルギーを消耗してしまいます。

 

うお座の月の人

キーワード 我信ず

キーワードが信じるなので、月の場合は、自分も含めて、本当は何ひとつ信じているものがありません。信じるということが理解できないのです。なのに、人には信じて欲しいと思う気持ちが強く、その解離が最終的に裏切りのような形に終える人間関係をつくります。何も信じられないということは、死の恐怖をのりこえられないことを意味します。死にたくない、、、死んだらおしまいだと本音では思っています。リズムに乗れない、運命の流れに身を任せられない、何ひとつ手放せないで何かに頼るが、頼るものも信じない、結局は現実的判断を優先させることになるでしょう。何にも流されない、、酔えない、感動できない、、自分を忘れられない、、、何かを値踏みしている、、霊感がない、、、一体感を持てない、、死を受け入れられない、、、深く心を開けない、、、何も信じられない、、、同調できない、、、体の水が濁りやすいところから体調を悪化させる、、自分を捨てられない、、アバウトができない。信じる自身のイメージが持てない中で、常に不安を抱え、エネルギーのほとんどを使い果たしてしまいます。

 

以上、簡単に12星座別に月について語りましたが、どなたも非常に不快な思いになっていらっしゃることと思います。悪いことしか書いていませんので。これは、あなたがそうだ、、、というのではなく、月で生きたらこうなる、、、という内容を語ったものです。月は意識によって完全にその衝動を止めることができます。しかし、月は常日頃の日常のことなので、また、意識的でない状況が訪れたら、すぐに私たちは月につかまりやすくなります。

 

この12星座別月の内容を理解しておけば、月につかまっているかどうかが自己判断できますので、すぐに意識的な対応が可能になるわけで、意義はとても深いはずです。

 

さらに詳しい内容については、「月の教科書」5000円をご覧ください。月についてのさらなる推察、そしてハウスなどに与える影響などを語っております。月を知ることは、自由な人生を生きる鍵になります。

 

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メリークリスマス

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メリークリスマス!

 

東京は暖かなクリスマスになっています。私はこれから藤原直哉先生の主催するお茶会に行くところ。その前にクリスマスのメッセージを動画に取らせていただきました。

 

クリスマスは誤解を解く日。何の誤解?  すでに幸福なのに、自分は不幸だと思っている誤解。すでに救われているのに、救われていないと思っている誤解。

 

不幸な人がいつか幸福になろう、、、ならば、そうなるかもしれません。しかし、すでに幸福であるはずの人が、幸福になろうでは、永遠になることはできないのです。すでに救われている人が、救われてないと思い続けていたら、その人は救われないのです。

 

イエスが説きたかった福音とは、すでに人は幸福であるとの福音でした。では、オルゴールでクリスマスの音楽をお届けさせていただきます。

https://youtu.be/hIYAlUTMLWw

 

 

マドモアゼル・愛動画集

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年末年始にどうぞマドモアゼル・愛動画集をご覧ください。色々な動画がありますので、楽しめるかもしれません。

 

チューナーに関係した動画、トーニングによって物質が変化を始めるような場面を映した動画など色々です。

 

また、オーブは写真ではよく見られますが、動画でオーブがはっきり表れるものは少ないと思います。どこだか忘れましたが、装束を着てひとりで君が代を披講している動画では、オーブがはっきり出ています。どちらも動画集2の方に。

 

 

年末年始にどうぞマドモアゼル・愛動画集でお楽しみください。動画集がふたつに別れていますが、チャンネル登録よろしくお願いします。
 
 
 

2018年  月について振り返る

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 昨晩、小数名で月の座談会を行いました。かなり盛り上がりました。良し悪しに付け、月には人気があることを感じました。今年は月について色々な考察をした年でした。そして月は重要なテーマであることを考えるたびに再認識することとなりました。

 

昨今は結構な月ブームですが、この数か月、私は現在の一般的な月解釈と異なる立場で語ってきました。それは確信であり、揺らぐことはないのですが、よく理解できない方も多いと思われ、私が捉える月についての要領を下記したいと思います。

 

占星術における月の影響は幼少時期の0歳から7歳までの間に培われたものです。まだ判断力のない時代に得た自分や母や家族に対する認識です。

 

正しい判断力のない時代のことですので、月の認識は間違っています。

しかし、月は最初にインプリントされていますので、私たちは死ぬまで月によってインプリントされた世界を眺め続けます。常日頃にわたってです。

 

月によってインプリントされた世界は間違っていますが、あたかもそれが本当であるかのように私たちは思い続けます。

 

間違って見ている世界とは、現実にないものを示しています。月が影であるとの視点がこれです。なので、月が示すものを、私たちは影として持つだけで、月が示す内容を本当は何一つ持っていないのです。ここが大切ですが、何ひとつなのです。まったく無いものを月は示しているのです。

 

一般的には、月がてんびん座だから、エレガントですよね、、、とか、美的才能抜群とか言われるわけですが、そうではなく、そうした才能や素質を何ひとつ持っていないことになるのです。影しか持っていませんので、影を見ることはできても、本当のエレガントはわからないのです。なのでエレガントにはこだわります。影しか見ていないので、逆にそれがどういうものか、常日頃こだわり続けるのです。

 

しかし、エレガントとは何かすら、月のてんびんにはわかりませんので、非常に苦しむわけです。それでいて、あなたはエレガントです、、、と言われれば、常日頃そのことで苦しんでいるため、そうであるかのように思いたくなってしまうだけです。

 

常日頃気にしているからその才能を持っているわけではありません。ちまたで言われているように、月を素質として捉え、それを伸ばすように安易に判断していますが、無いものをどう伸ばすのでしょう。それは物理的に無理なのです。

無いとは、残酷な言い方ですが、本当に無いわけで、無いものが何かすらわかっていないというほど、完璧に無いのです。

 

月がいて座にあれば、理解力が無い、、、となります。それは本当にそうなのです。理解力が無いとは、理解することに附帯するあらゆることが欠損している状態を表すのです。なので、月がいて座にあれば、理解力がないのは当然として、理解するとは何かすらもわからなくなっているのです。7歳の子供に理解しなさい、、、と言われた際の、子供の反応がいて座の月なのです。

 

しかし、それでは日常生活で普通に生きることはできないと思われます。そのため、人はポーズやその場しのぎの形で応対し、月の欠損を隠したり、ごまかしたりすることにエネルギーを注いでしまいます。そのため、月の防衛的態度を保持することで、生きるためのエネルギーのほとんどを使い切ってしまうのです。

 

ここに月の問題があるのです。月にエネルギーを奪われてしまい、私たちは自分の人生を生きられないようにプログラムされていることになります。

 

では、月が悪いのでしょうか。そうではありません。偽りから始まる認識だからこそ、覚醒の道が始まるのです。月の中にある程度の真実がもしあったなら、人間はその真実のかけらからでもエネルギーを得ることができるようになり、成長することがなくなります。動物と同じになります。

 

すべてが、まったくの間違いからスタートさせてくれる月のおかげで、私たちは初めて本当の自分を獲得する道に入ることが可能となるのです。すごいシステムだと思います。

 

なので、月が示すサインはもちろん、ハウス及び、かに座のハウスカスプのハウスが示す内容にも、すべてその才能と素質が無いと考えてかまいません。本当にそうだからです。

 

月を間違わないための認識として、もっともはっきりしているのは、月が示す才能や能力や素養、素質が全くない、、、という視点に立つことです。まったくないのです。まったくです。

 

理解力がまったくないと言われれば、面白くありませんし、それで人が生きていけることなどない、、、とつい私たちは考えます。

月がふたご座にあれば、思考する力がまったく無い、、、ということになるわけですが、通常、思考できない人間が存在できるとは思わないでしょう。

 

しかし、そうなのです。月がふたご座にあれば、思考できない人になるのです。なので、考えているふりや、考えている時に人が通常行う態度や、そうしたもので対応するわけです。7歳の子供が考えなさい、、、と言われた時の状態が月のふたご座なのです。それが一生続くのです。無いものなので、これは一生変わりません。ただし真似事での対応できます。最高で月並みまでは行けるのです。

 

月には実体がない分、マネは上手なのです。なので、どうにかつじつまがあっているように見られるだけなのです。

 

月が示すものは完全に持っていないのです。そうしたものが、誰にでも必ず一つあるのです。本人がそれを理解している場合もあれば、無意識に避けている場合もあります。しかし、よくよく考えることで、自分がいつも何を避けていたかがわかれば、月の働きがわかってきます。

 

通常、完全に欠損しているものに、私たちは無いゆえにこだわり続けます。なので、月の欠損状態についての防衛や取り繕いのために、常日頃、エネルギーを使い続けます。

 

それは心理的に非常に苦しい状態を生みます。その苦しい心理状態を停止させるものは、意識以外にありません、。意識化された行動や思いの中では、月は存在することができません。昼間の月は輝きません。それと同じで、意識の前では月は無力なのです。

 

しかし、反対に意識的な態度もない、意識的な行動もない、、、そうなれば私たちは常に働き続けるところの月につかまります。

 

そして、取り繕い、、、マネ、、、、あたかもそうであるように見せる、、、そのためだけにエネルギーを使い続けてしまうのです。

 

そうした状態が続き、いよいよエネルギーが枯渇した結果がルナティックであり、人が狂気に陥っていく構図となります。人を狂わせるのは、やはり月なのです。

 

簡単に月はあなたの女性らしさとか、才能であるかのような解釈に警鐘を鳴らしたくなるのは、こうした理由があってです。

 

月は欠損であり、完全に無いものを示すのです。ただし、マネはできます。7歳の子供ができる範囲での対応はむしろ得意です。なので、かろうじて私たちは月の欠損をその場しのぎで取り繕って生きているわけです。

 

しかし、そこには喜びも成長も発展もありません。なので、月で行ったことは、すべて失敗し、敗北する運命を持っています。私は例外ないとさえ思っています。

 

どうか皆様も自分の月について考え、何が自分を苦しめていたか、、、何が本当のエネルギー泥棒だったかに思いをはせていただき、意識以外からエネルギーは来ないことを改めて思っていただけたらと思います。

 

お知らせ

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宣伝になってしまうかもしれませんが、どうか占星術のプロやプロを目指す方には、手に取っていただけたらと思います。本当の月の意味を、多くの方々に広めていただけたらと念願します。

月のサインのまとめ(占星術を知らない方でもお読みいただけます)

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 また占星術の月のお話しとなります。占星術をよく知らない方には抵抗があるかもしれませんが、占星術がわからなくても、月のように働く心理は誰にでも共通してありますので、月を意識しないでも心の働きとしてお読みいただくことができると思います。それによって、一人でも多くの方の心の闇と迷妄がストップし、自由な気持ちになることを願っています。

 

月サインの基本的定義

月のサイン、すなわち月があるところの星座は、その人にないもの、わからないもの、欠損しているものを示します。

 

しかし、月は7歳までに認識したものを反復的に表現することはできます。要するに、内容はわかってはいないものの、自身に欠落しているもののマネをすることはできます。マネをしてしまうことで、マネをしたものの本質に迫れなくなるため、月は永遠の欠損として働いてしまいます。

 

以上が、月のサインについてのまとめです。月のサイン、星座ですがそこに示された才能や素質や能力は、月の未熟性により発展することも深まることも、まして完成することも永遠にありません。

 

月サインによる日常の支配

月は永遠の不足感や不安感を私たちにかきたてます。そのため、月サインの事柄とそれに付帯するあらゆることに、私たちは注視し、常に気にし続けます。太陽などの意識が月サインへの介入を無にするまで、月は日常のすべての時にわたり、私たちを監視し続けます。意識の働きがない時には常に月が主役となりますので、無意識的に生きやすい子供時代、老年時代、そして失意や落胆時、自己嫌悪に陥っている際に、月は支配力をとくに強めるのです。

 

月の働きの成り立ち

なぜ月がこのように私たちの日常へ感覚的支配を行うようになったのかの理由は、月が観賞者を必要とすることで得た7歳までの記憶を元にしているためです。月の影響の成り立ちは、7歳までの私たちが母や周囲の人たちとの間に作られた、人気や評判と関係します。

 

何かを真似することで母や周囲に受けることを子供は体験しています。母や周囲がそれを見て喜びます。子供には物事の本質はまだわかりませんので、母や周囲に受ける表現はマネごとの演技となります。

 

母や周囲に受け入れられたという潜在的記憶、そしてマネを期待されているという思いが、月の影響の成立と深く関係します。何かを真似ると母や周囲は喜び、それを期待されていると子供は思うようになります。

 

スポーツ選手のマネはおひつじ座の月でしょうか。お料理のマネはおうし座の月だったでしょうか。スターのマネでうけたのはしし座の月でしょうか。お掃除を誉められたのはおとめ座の月だったでしょうか。等々。

 

こうして私たちは人生の早い時期に演技者としての人気を博す体験をしてしまうのです。それが自己認識のスタートとなっていくのです。母に喜んでもらえた演技、、、周囲に喜んでもらえた演技、、、、それらは十分な価値になり得ることでしょう。

 

しかしその演技は発展することはないのです。受けて人気を得ることが目的のため、発展し、本物になってしまうと受けなくなりますので、最初に受けたことは欠損したまま生涯にわたって欠損状態として続きます。

 

スポーツ選手のマネがうまかったおひつじ座の月は、本当のスポーツ選手にはなれません。料理がうまかったといわれたおうし座の月の味覚は、その時と同じまま成長していません。お掃除のマネで褒められたおとめ座の月は、掃除の真似事を続けるため部屋は汚れていきます。

 

フリをする人生とその生涯

どんなにマネごとが受けてもうまくても、それは本質に根差すものではなく、そこには発展はないのです。むしろマネという嘘から始まったそれらのことには発見という意識が介在できなくなるため、月で行ったことは固定的な事柄に留まります。月サインの表現は固定的となり、それを打ち壊して意識化していくことは、幼少の成功体験を自ら破壊しねくてはならないこととなり、容易にはできませんし、その必要を感じることもないでしょう。

 

そのため、幼少の成功体験は何事もなく受け入れられ、その後の人生も、フリをする人生、演技者としての人生の道に入りやすくなります。人は無いものにこだわり続けますので、無いにも関わらず受けたものを自ら捨てることはできないでしょう。

 

しかしフリをする人生、演技者としての人生からは深い喜びも本質的な事柄に近づくこともできなくなります。月に囚われることは、成長の拒否であり続けます。

 

演技者であるということは、常に観賞者を必要とします。月の人気は、鑑賞者あってのものだからです。それが月が関係するすべての人間関係の縮図となります。月の人間関係の基準は人気であり、人気があれば安堵し、人気がなければたちどころに人は不安となり自己嫌悪に陥るのです。

 

私たちが人間関係に悩み、神経症にまで至ることがあるのは、月に頼った人間関係の結果であり、単に、人気がないことで不安になったり悩んだりしていることとを意味します。なので神経症はその苦しみは別として、安易な悩みとも言えるのです。

 

人気を気にするというのは、実体のない偽りの演技であることから、どんなに成功し続けても喜びとはなりません。しかし、今の時代や社会は、政治を含むあらゆる商業活動、消費活動も、人気を中心に展開していく人気本位制のようなものです。月文明と言ってもいいでしょう。なので、どんなに盛大でもどんなに明るく見えても、そこから本当の喜びを得ることはできない構造をしています。

 

月の感情について

月は感情を表すと言われています。しかし、月の表す感情は自己憐憫であり、深い感情とは別のものです。月に深い感情はありません。月の感情は今、生きている人を過去に引き戻し、ロマンの名の元にエネルギーのない過去に引っ張り込む構造をしています。そのため、自己憐憫や過去の思いをロマンとして捉えることで、私たちをいつまでも過去に縛り、一見美しく見える幻想の世界に私たちを繋げ、それによってエネルギーを奪うのです。

 

三丁目の夕日という映画がありましたが、あれは私が生まれ育った三田をかなり正確に表現していて、非常になつかしさを覚えました。もし、三丁目の夕日を見たその時の私に、現在という手ごたえが薄かったとしたら、容易に過去の思いの中に私を沈殿させたことでしょう。意識の光が弱くなったとき、加齢その他で生命力が弱まった時、月は容易に私たちを捉え、残されているエネルギーをもさらに奪おうとするのです。

 

そこにはかくされた月の目的があります。月が死の星と言われるゆえんです。月からもっと人類が自由になれれば、人間の寿命は驚くほど伸びるはずです。

 

何度も言いますが、月には深い感情はありません。愛する人が亡くなり、失望と悲嘆にくれて苦しむとき、その時の感情は月などではありません。深い感情は冥王星の方がずっと上でしょう。深く悲嘆に暮れている人を見て、他人が「かわいそうに」という感情が月であって、月自体には深いものはないのです。

 

かわいそうに、、、というような鑑賞者としての立場からの感情が月であって、月自体に深い本物の感情はありません。

 

嘘で生きようとする人の太陽のようなものが月なのです。私たちを何度も輪廻に戻し、価値あるものを無価値にさせ、自然にあるエネルギーを消耗させ、何ひとつ本当のものを与えようとしない月。私たちは月を誤解していたのです。

 

月は悪いのか

ではどうすればいいのか、、、という質問をいただきます。どうすればいいか、、、という視点もよくわかりますが、大切なことは、どこに落とし穴があるかを知ることです。どこに落とし穴があるかを知っていれば、そこに落ちることはなくなります。落とし穴を埋めることはできませんが、落とし穴がある場所がわかれば、どこに行くにも色々な道を通っていくように、自然に落とし穴を避けて歩くことができるようになります。

 

また月が反射であるところから、私たちのすべての想念を反射しているため、今は悪い月になっている、、、との考えもおそらくあると思いますが、それは月に限ったことではなく、惑星すべてに言えることです。

 

月に捕まることで、私たちは輪廻に戻されると思うのです。月が徹底的に嘘であり、幻影であり、不誠実であり、見せかけであり、エネルギー泥棒であり続けることで、私たちはそのことにいずれ気づき、本当の自分の人生を生きることができるようになります。

 

 月のお働きは、私たちが輪廻を抜けたところの時点からしかわからないもので、その時、おそらく私たちは理解することとなるのでしょう。

 

今回は月サインについてまとめさせていただきました。機会を作りまして、次に月とハウス、♋のハウスカスプについても、近々に語らせて頂きたいと思っています。

 

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年末年始のご挨拶

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2018年は春分図からも激動の年が予測されました。とくに自然災害が心配でしたが、残念なことに多くの自然災害によって大勢の方が亡くなり、多くの方が被災されました。こうした傾向はまだ続く不安があります。

 

 私にとっての2018年はけっこう刺激的でした。フリーエネルギー論に沿った形で様々な発明品にトライした年でした。

 

 新しいMIチューナーとして、432Hzゴールドチューナー 444Hzチューナー「ザ・ヘルス」 444Hzゴールドチューナーを世に出しました。432Hzはシュタイナーが強く押した周波数であり、この音を基音にした音楽は人の心の深いところに入ります。トラウマを癒す周波数でもあり、これを世に出すことができ、とても嬉しかったです。長年の夢でしたので。

 

 444Hzは人間のボディと共振を起こしやすい周波数です。共振現象が起きれば、それを止めようとする反作用としてエネルギーが訪れます。444Hzに出会うと、人は元気になるので、ご利用なさった多くの方々からご感想をいただきました。

 

 432Hz、444Hz、それぞれを基音にしたオルガニートも世界で初めて世に出ました。ただ聞いているだけで、理由もわからないが涙が出てくる、、、涙の後にはすべてが軽くなったと、432Hzオルガニートで喜ばれる方が続出しました。

444Hzのオルガニートでは心が明るくなり、重たかった身体が軽く楽になった、、、とのご感想をいただきました。

 

周波数の秘密が自分なりに理解できるようになるにつれ、18の特別な周波数を発見したのも2018年でした。発見と言っても私の独自な発想によるもので、何ら認められたものではありません。というか、だれも18の周波数のことなど知りませんし、おそらく関心もないでしょう。

 

しかし、私はこれが重要な周波数だと思いました。その中でももっとも最重要と確信していた周波数が153ですが、ヨハネによる福音書の最終章にそれが出てきたのには驚きました。153は、3で割り切れる数が最終的に還元する大元の数なのです。イエスは救いの約束としてこの数を用いたのです。

 

小難しい説明などしなくても、その音を聞いて、振動を感じて、すぐにご購入される人が多いことにも驚きました。153Hzには水を変える力があります。水道水が甘い水に変わってしまうのです。人間の体もほとんどが水なので、敏感な人は何かを感じられるのでしょう。

 

以上の新しい周波数がチューナーとして世に出た一年でした。MIチューナーは128Hzを除いて、すべて3で割り切れる数をしています。周波数と3の関係についてはテスラがその秘密について語っており、彼は電車の号数やホテルのルームナンバーにも、必ず33で割り切れる数を選んだと言います。

 

テスラがいたなら153について、ぜひとも聞きたかったものです。

 

2018年は夏至、秋分、冬至と三回にわたって妖精茶会を開催できました。20年以上も前から続けている独自の茶会ですが、不思議なことが沢山起こります。参加された方のその後の変化が楽しみです。

 

フリーエネルギー理論に沿った商品開発も継続しました。とくに金銀ハマグリンは大変なヒットとなりました。ただ、完全手作り品のため、現在は制作が間に合わず、ご迷惑をおかけしています。

 

ハマグリンはフリーエネルギーを理想的に体現したものでした。持っているだけでエネルギーを集めます。科学的な話しではありませんが、傑作だと自負しています。

 

閉じているはまぐりは、周辺よりも圧が高くなります。圧が高い方にエネルギーは集まりますので、閉じたはまぐり自体にすでにエネルギー集積効果があるのです。さらにその中に工夫された状態で鈴が入り、鳴ります。単純ではあるものの、微細な圧のかかる最高のエネルギー集積状態となっているのです。ハマグリンからは人間の耳には聞こえない2Hz以上の音が発生します。

 

人の細胞も同様であり、私たちは本当はフリーエネルギーの集積によって生かされているわけです。その構造はハマグリンと共通しています。

 

マグネシウムが人の健康にとって圧倒的に重要であるとの視点を得たのも2018年でした。活性化したマグネシウムをどのようにして得るか、、、そこで発明した「頑張れ水素ちゃんセット」ですが、これは大勢の方に喜ばれました。奇跡的なことが頻繁に起こりましたが詳細は書ききれません。

 

科学的な話しではありませんが、私のやり方でやれば、自由電子が豊富に飛び出し、発生直後の新鮮な水素とイオン化したマグネシウムが得られると思っており、その結果が多くの奇跡的な事象を生じたと、私なりに考えているわけです。

 

153Hzで体内の水が変化したためでしょうか。色々なことが自分なりにですがわかってきて、直観が研ぎ澄まされた一年でした。その代表が月に関したことです。

 

占星術の月の解釈ですが、従来のものとまったく異なる視点で展開しました。フリーエネルギーについての理解があることが、従来の月解釈を変えた原因でした。月はやはり日常の無意識的な態度や感情と関係する星です。無意識であるということは、エネルギーを奪われることを意味します。

 

質量ゼロ、微細な圧である意識からしかエネルギーは訪れません。意識的な行為は一見疲れるように見えて、本当は逆です。こたつの中でグズグズしている方が楽だと私たちは考えてしまいますが、むしろ外に出て、やるべきことをやった方が元気になります。

 

意識的な態度や行動から、私たちはエネルギーを得、そして無意識的な態度や行動によってエネルギーを奪われていくのです。この原理が今の科学ではわからないので、間違いを生んでいます。

 

月の解釈もフリーエネルギーによれば明白で、幻影や幻想、囚われる日常の思い、そして過去に属するロマンから、エネルギーが訪れることはなく、逆に奪われていきます。懐かしさは美であることはありますが、それに沈殿したら、エネルギーは無くなっていきます。

 

月が良いとか悪いとかになると、必ず反発も出ますので、来年はエネルギーから見た月について語ろうと思います。月が私たちにエネルギーをもたらすことはありません。月はエネルギーを奪う星です。意識からしかエネルギーは来ませんので、どうにもならない私にとっては事実なのです。

 

エネルギーを奪うということは、私たちを死の世界に追いやる役目を負っているともいえる月。ロマンやほろ苦さ、、思い出、、ゆりかごのようなやさしさ、、、という印象や理解はありますが、エネルギーを奪う天体が怖い外見をしていたなら、成功できなかったことでしょう。

 

一番馴染み深いものが私たちのエネルギーを奪う、、、その構造に私は気づきましたが、押し付けることはいたしません。ただ、私の考えを批判する前に、どうかご自身の月サインをご覧いただき、その働き方を確認してほしいと願います。偏見なしに見つめていただけたなら、きっと覚醒的な発見があることでしょう。

 

さて、この月については私のライフワークの一部になると思います。多くの感情的反対に出会うでしょうが、仕方ありません。人類は無意識により騙されてきたのです。その果たす役割の大きさは月が一番だったことでしょう。占星術を知ることで、それが意識できるというのは、本当に有難いことです。

 

2019年には「月」についての本も一般図書として発売されます。おそらく5月ごろになると思います。月は意識と無意識の問題に最終的に行き着きますので、その点を重視したリアルセミナーも開催していきたいと思っています。

 

年の瀬になると特に感じるのは、一年の早い時期にもっと自然を味わっておけばよかった、、、との思いです。

 

そこで2019年は春から初夏のもっとも良い季節に色々な場所に出かけてみようと思います。2018年に始めたZOOMによるセミナーですが、2019年には様々な地方から、その地方の味わいと共に配信するような企画を考えています。

皆さんと一緒に旅をするような気持ちでセミナー参加していただくような感じでしょうか。

 

また、世界最高の超能力者と言われたブルガリアの故ベラコチョフスカさんが予言した私の別荘についてのものがあります。意識を変革させる装置としてその別荘が働くという予言。これに沿い、意識について考えるセミナーを開催したいと思います。

 

2019年は日本でも世界でも劇的な出来事がいくつか起こるはずですので、そうした出来事が起きた際に、すみやかにZOOMなどによって私の解釈となりますが、その説明と今後の発展や対処法について、即座にお送りする、、、そうした体制作りを進めようと思います。

 

月のこれまで語られて来なかった面を語ることは、同時に、安易で一般的な人気を失うことを示します。しかし、真実の重要性がみずがめ座としての私の命ですので、大衆人気の喪失を恐れず、正直に自身の思いを語って行こうと思います。

 

それは私自身が常々意識的に生きることの表明ともなります。無意識の安楽椅子が本当は死のゆりかごであることを知った以上、そうせざるを得ないわけです。これは私自身の事だけでなく、おそらく世界的にそうした流れが起きてくる予兆のようにも感じます。世界は変化していくと思います。

 

2019年、色々あると思いますが、以上の覚悟で活動していきますので、どうかマドモアゼル・愛をよろしくお願い申し上げます。

 

                                   2018年 大晦日   マドモアゼル・愛

 

 
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年末年始にどうぞマドモアゼル・愛動画集でお楽しみください。動画集がふたつに分かれていますが、チャンネル登録よろしくお願いします。

マドモアゼル・愛動画集1

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新年早々、円高カウンターパンチ

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新年早々、円高カウンターパンチ

 

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

さて、今年の活動は6日の昼に、日本と世界について占うズーム企画からのスタートとなりますが、それを待つまでもなく世界は激動の流れにあります。日本のマスコミが詳しい解説を行わないため、大きな変化として感じられなくなっていますが、年明けと共に突然の円高。シリアから米軍の退却、それに音を上げるフランス、イタリアの銀行危機の予感、さらに隠れた金融不安の足音、イスラエルのガザ地区におけるパレスチナ国家設立の青写真があったこと、、など、これでもか、、、とばかりの大変化が出てきています。台湾でも一つの中国などない、と明言する流れで、中国もかなり追い込まれています。

 

円高は困るとか多少ならいいとか、人はしたり顔でいいますが、なぜ、円高になっているのか、、、の根本には思いが廻らない感じです。嘘ばかり言っているので、分析力も創造力もなくなりつつある日本のマスコミ。まともに聞いていたら大変なことになるでしょう。

 

大変とは、イザという際に何ひとつ守れなくなるということです。大本営発表から今年は個々の想像力が重要になってきます。

 

まず、円高についてですが、これは続くはずです。揺れ戻しがあるとかないとかはありますが、基調は割と極端な円高になると思います。原因はトランプ大統領の政策です。

 

日本はこのままでいくと、為替操作国の烙印を押されることになるでしょう。トランプ氏は日米貿易の赤字解消を決意しています。これまでの彼の発言をみれば確かです。トランプ氏の目は自国に向いていますので、自国にとって無駄になることは、今年、矢継ぎ早に改革されていくはずです。

 

米中貿易戦争の次なるターゲットは日本であることは確かです。その際、トランプ氏は貿易を中立、トントンにすると前から言っています。赤字をすべて解消する貿易体制にする、、、ということです。はじめは車の輸入規制や農産物の関税などがメインとなるでしょうが、それらは、結局は目くらましにすぎません。

 

どんなに安くなっても、日本でアメリカ車が大量に走る絵など想像できませんし、アメリカはそれは無理だろう、、、ぐらいはよく理解しているはずです。

 

農作物に関しても同様でしょう。貿易は世界的に縮小していく方向が目えてきます。この一時とっても、これまでのグローバリズムとまったく異なる世界の様相が見えてくるのですが、日本のマスコミは何バカなことばかり言っているのか、本当に理解していません。すべて後追い、、、しかもその弁解。政権と非常に似ているというか、一体であることが伺えます。みんなで見えていないのです。そういう人たちが今の日本の上におり、そうした人たちの実力不足によって、今年は色々な問題を生じるでしょう。

 

それでも多少はうまくいけばいいのですが、この世界の変化を前にすると、危ないものがあります。これから何が起こるか、、、為替で言えば円高はわかったとして、そのレベルです。

 

トランプはヒフティヒフティにする、、、と言っているのです。アメ車の大量輸入、農産物の大量輸入には限界があります。あとは、為替調整以外になく、正月と共に、それが始まったのです。始まったというよりも、彼らは、アドバルーンを上げたのです。今年は円高に修正するよ、との。

 

それも、貿易収支がトントンとなる円高、、、とは、いったいいくらのことでしょうか。日米貿易収支の比率を見ればわかるはずです。収支がトントンとなるまでの円高とは、いくらか、、、頭の良い人ならすぐに計算できると思います。

 

私は計算が苦手なのでよくわかりませんが、100円切りは当然で、おそらく前回の円高を超えていくことでしょう。目指すところは70円を割り込む水準でしょう。それでは済まない円高の可能性もあります。

 

こうなると、日本の株式はどうなるでしょう。昨年の12月は記録的な暴落となり、最後には何とか上昇させて終えました。中央銀行がリートや株を買うわけで、日本ではこれが最後の買い手です。暮れに1000円以上アップした日があり、暴落を何とか食い止めましたが、そのために購入した資金が一日だけで700億円を超えていたという話しです。

 

こうしたやり方で日本の株式は買い支えられ、上昇してきましたが、その結果、買い取って株式他で日本銀行の資産が膨大化しています。もしかしたら、その資産はほとんどが日銀が買い支えたものです。(債権もあります)買えば上がるのは当然なのですが、逆回転が始まった際に、日銀は買い支えを続けられるのでしょうか。

 

程度問題があり、これ以上、日銀資産が増大する方向には、多方面から問題を指摘する流れが出てきます。というのは、膨大な資産となった日銀。その中身が、もしも下落し出したとしたら、不良債権化することとなり、その恐怖に耐えきれなくなった日銀は、自身を守るために、資産売却に動くことは見えています。

 

これ以上資産を増やせない、、、、かといって、購入価格を下回るようになったら不良債権化が巨大化する前に売りに出す以外に方法がない、、、、株価上昇の買い手だった日銀が、暴落時に最大の売り手に変身するわけです。

 

今、日銀の取り得る方法は極端に限られてしまっています。日銀に限らず、FRBも同じです。世界の中央銀行がすべてと言っていいくらい、同じ構造をしています。

 

危機は同じですが、日本とスイスだけはかろうじて債権国です。他の国はほとんどが借金国ですので、世界金融が危機を感じると、決まって円やスイスフランが買われ、高くなるのです。

 

正月早々、こうした流れが出てきました。日本にとっては円高は株安と=です。日本は産業構造を変えざるを得ないところに来た、、、ということです。その際に、現政権の方向性や能力や行動はおかしなことになりつつあります。

 

国富があっという間に危機に瀕する流れになるのでしょうか。

 

日本の優良企業の筆頭株主に恥ずかしいことに日銀の名前がそこら中に見えています。誰も買わない株を日銀が買って、筆頭株主になっているわけです。もう終わりは見えているのです。

 

日銀が最後まで売らずにいれば、中央銀行と政府の破産でジエンドとなります。それを許すわけはありませんので、日銀我先の逃げが始まると思います。ラストの買い手とは余裕のある時の話しであって、日銀資産赤字化の危機にあっては、日銀も我先の逃げになるはず。それがいつ始まるかです。

 

安倍政権の始まりの際は、日経平均が1万円を割り込んでいましたので、そこらまでに全資産を売却できれば、とりあえず、日銀は存続できます。おそらく15000円あたりになると、あらゆる市場介入は物理的にできなくなるでしょう。さらに、トランプ氏から為替操作国の烙印を押されることによって、日銀の我先の売り逃げは、17000円から15000円の間に始まるとにらんでいます。もしかしたらもっと早いかもしれません。そうなるとガラ状況が訪れ、あっという間に日経平均は1万円を割り込んでいく、その可能性がある年でしょう。

 

株式だけが変化するのではなく、土地や不動産も同様です。日銀買い付けで上がった市場天国でしたが、日銀の逃げで終わる宿命が見えて来る年となるかもしれません。

 

その合図は海外の金融危機で、それが表に出てくる出てこないにかかわらず、結果は円高で出てきますので、そうなると、多方面で私たちは注意が必要になります。

 

しかし、不思議なもので、とくに投機もしてない、、、借金もない、、、多少日本円を稼げるか、日本円を持っている、、、、というところは、実は体質がどんどん強化されるのです。

 

次の次の日本の時代の礎が、今年徐々に築かれて行くことでしょう。大変なようでいて、とくに大変でないという人は、まともな生き方をしてきた人ということもできます。時代が人を選別し始めています。

 

 

16日 午後1時から2時半

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二人の文学者に見る月との葛藤 ①三島由紀夫氏

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ここに二人の文学者の、出生時の月と人生の関係を見てみたいと思います。

まず最初に上げるのは、日本を代表する文豪「三島由紀夫氏」(1925114日生れ 月おとめ座)

 

ご存知のように市ヶ谷の陸上自衛隊において、割腹自殺を遂げて若い命を落としています。彼の月はおとめ座にありました。私の月理論によれば、月おとめ座生まれは、おとめ座の素養、素質、才能を持ち合わせてない、、となります。

 

基本的にまったく持ち合わせていないのです。しかし、月は幻影を与える星なので、持っていないものにその人を縛り付けます。人は自分の月が示す才能、素質がないにも関わらず、そのことに、常にこだわり続けるのです。

 

月の星座が一見、その人の素質や性格を言い当てているように思えるのは、常にその人が、無いものにこだわりつづけ、そのことばかり考えたり、反応してしまうことで、あたかも自分に月の性格があるように思えてしまうからです。

 

そして悪いことに、月が示す7歳までに覚えた月の幻影は生涯続くため、7歳までの月が示す才能というか、7歳までに覚えた真似事なら上手にできなくもないのです。7歳と言えば、子供によって、その出来ることの幅が違ってきますので、真似事のうまい下手も出てきます。中には大人よりも上手にできる子供だっている場合もあります。

 

三島由紀夫氏の家には、ゴミ一つ落ちておらず、家具はあるべきところに数センチも狂わずに常に置かれていた、、、といいます。通常、月がおとめ座にあれば、家の中は汚れ放題、荒れ放題、それでいて、常に掃除をしなくては、、、のプレッシャーに悩まされます。

 

しかし、7歳までにおとめ座の幻影を学んだ氏は、掃除もそれなりにできたのでしょう。どんなに苦しくても、家の中を常に綺麗にしておく程度はできるのです。しかし、その場合でも、そのことで疲れ、エネルギーを消耗してしまう点はおとめ座の月に共通しています。

 

三島氏の家はチリひとつないきれいな家であったという点、彼が異常にそのことに神経を使っていたことが伺えます。三島氏は月との戦いを常に続けていた人だった気がします。月の影響には例外はほとんどありません。その後の彼の活動は、月おとめ座にまさに沿ったものに思われます。

 

彼のおとめ座の月が次に向った地点は、自身の肉体改造でした。キャシャな体つきの弱弱しそうで貧弱な自身の体に我慢ができなかった三島氏。おとめ座は器を暗示し、自身の体の器の貧弱さには耐えられないものがきっとあったのだと思います。ボディビル、ボクシング、その他、激しい運動を通して、彼は自分の体を鍛えていき、見違えるような体付きとなります。

 

ここにも、本当はかなりの苦しさがあったと思います。おとめ座は他の領域との結界を意味し、細胞など、他の影響の侵入を許さない構造を求めます。壊されない環境、壊されない器。自身の肉体改造には、他の力によって犯されることのない肉体を求める思いがあったのでしょう。しかし、おとめ座の月は、それができないのですから、いくら一時的に成功しても、その維持は大変だったでしょうし、その後の肉体の衰え、ないし、老化などに気を遣う人生だったと思われます。

 

あの時は鍛えたよな、、、、というような考えは月おとめ座にはなく、肉体改造が成功したなら、それを維持するために、四六時中気を使い続けたはずです。

 

月の試みは一時的に成功しても必ず失敗に終わりますので、彼の肉体改造の結末は、切腹に表れています。切腹、すなわち腹という結界の崩壊。おとめ座は細胞など、結界を意味しますので、月がおとめ座にあると、結界が持てない、、、ということになります。月のおとめ座の人が突然太り出す、、、という現象がありますが、それは、細胞の結界と関係します。月おとめ座は結界を持てない、、、なので、結界の崩壊は結界の消失となり、突然太るなどの症状を生じてしまいます。月は整理機能に影響を与えるためです。

 

月がおとめ座にある人は、結界を自身の肉体に求め、拒食症に陥ったり、食事制限を常に考えたりして苦しむことがあります。管理できないのに管理しようとするのです。しかし、どんなに心配して苦労しても、そうした試みはすべて敗北しますので、いつか、細胞の結界が壊れ、拒食症になったり逆に太り出すなど、、、そうした運命が多く見られます。月がおとめ座にある人は、肉体管理しようと思わない方がいいのです。思えば、必ず失敗に終えるからです。月は物事のすべてを失敗に追い込む力です。おとめ座の月に限らず、すべての星座の月がそれを担っています。

 

三島氏の場合は、肉体改造に必死の思いで成功し、その維持にも死にもの狂いだったと思われますが、最終的には、自身で腹を割き、腹という結界の崩壊による死を招いたことになります。

 

月の幻影に突き動かされて達成したことが、のちに良い影響をもたらすことはひとつもありません。彼は肉体改造した強靭な体で自信を得るよりも、さらに幻影を深める行動に出て行きます。幻影は達成されても実感がないので、さらなる幻影への行動に駆り立てて行きます。

 

彼は日本の行く末を嘆き思い、日本の現状に心を痛めた氏は、自身の肉体改造を果たした後、盾の会という自費の軍隊組織を作ります。この軍隊組織は最初、財界にお金を出してもらって設立したかったのですが、財界は首を縦に振らず、仕方なく彼は自費で盾の会を作ります。肉体改造のあと、秩序を失っていく日本という器を作り直すことに彼の主眼が置かれていくのです。

 

ところで、なぜ財界は世界の文豪の申し出を断ったのでしょうか。三島氏は日本の秩序が壊されていくことが我慢できずにおりました。学生に犯されていく日本や文化、、、、。折しも、学園闘争はピークに達し、新宿では騒乱罪が適応されるなど、首都の混乱は増していました。

 

東京混乱を正し、秩序だてるために、三島氏は自衛隊の出動を願ったといいます。

その際、自分らが先陣を切って暴徒である学生たちを襲い、武力によって鎮圧する、、、との思いが募ったのです。まさに月おとめ座の秩序への願いです。

 

しかし自衛隊がいくら暴徒と化した学生だからと言って、武力による鎮圧はできないでしょうから、私設の軍隊が先陣を切っていけば、秩序が回復するとの考えが三島氏にあったようです。そのインパクトによって国民も日本のあるべき姿を思い、いたずらに西洋化せずに自身を律することになるとの思いです。

 

西洋化によって日本古来の良さが失われることは確かに問題ですが、日本が西洋に侵入される、、、日本という器が壊される、、、という危機意識はおとめ座ならではのものがあったに違いありません。しかし彼の場合は月おとめ座の感性によってのものですので、本物ではないのです。本物ではないゆえ、悲劇へと繫がっていきます。

 

通常の感覚で言うなら、いくら日本的なものを大事にする、、、日本の秩序が破壊されるのを阻止する、、、と言っても、だから先陣切って学生に切りつける、、、というのは、どこかおかしい、、、と誰でも感じます。三島氏の考えと一般国民との考えの乖離がそうしたところにあった気がします。月おとめ座が何かを守ろうとすると、実は守れないのは、こうした現実との乖離が生じるためです。

 

秩序回復のために学生を襲うことも辞さないという三島の姿勢に、財界はビビりました。当然のことだと思います。

 

実は軍隊組織はおとめ座が表すもので、三島氏が軍事組織にこだわるのもうなづけます。しかし、実際の軍事との間には、乖離があったため、彼の主張は防衛相での悲劇を生むことになっていきます。

 

日本の本来の姿を求め、それを秩序だって形にしたいと願う三島氏の思いは、おとめ座本来の世界です。

 

しかし三島氏の場合は、おとめ座は月であり、月は常に幻影です。幻影で動いても、現実はなびきません。彼の最後の演説が私にはどこか悲し気に見えるは、そのせいではないかと思います。

 

19701125日、三島由紀夫氏は市ヶ谷基地にて自害。人生五十年の生涯を閉じていきます。

 

今回は三島氏の人生を振り返る内容とは違い、あくまで占星術的な意味、ことに月おとめ座の観点から語らせていただいたものです。そのため、一方的な解釈となっている部分も当然ありますし、三島氏の生涯をさげすむような意味で語っているのではありません。あくまで占星術の月の観点であることをご理解ください。

 

私個人的には、三島氏の死は、人間業を越えた範疇のものですので、良いとか悪いとかではなく、本来は神社に祭られるべき類のものであると思っております。

 

ただ月という観点を通せば、これまで語られてこなかった彼の苦悩や限界、行動の意味も新たな視点から見えてきます。

 

月は幻影であるゆえに、それは不足した部分であり、不足しているものに優秀な人ほどこだわっていきます。自身の完璧化、完全化という幻想と月は切っても切れない関係にあるのです。

三島氏は世界的な文豪でしたが、その名声だけでは飽き足らない、さらに自身の不完全感を脱皮し、本物として完成させたいという思いが、彼の月を通せば見えてきます。

 

彼の生涯の目標は、月に支配されていたことが、私の目には見えます。

なぜ、そこにいたら落ち着かないほどきれいな家だったのか、、、なぜ、彼は肉体改造に夢中になり、それを成し遂げたのか、、、 なぜ、防衛に関心を寄せ、私設の軍隊まで作ったのか、、、なぜ、彼は自害したのか、、、

 

正当な伝記などではありませんが、占星術の月の観点から、ご紹介させていただいた次第です。

 

月とは何か、、、、私たちがこの世に生まれ、そして死んで行くとは、力学的に考えれば、割と簡単です。

 

生かす力が私たちを生かし、私たちを消し去ろうとする力が、私たちを消し去る、、、ただそれだけのことです。

 

生かす力が強いうちは、私たちは健康で元気でいられますが、消し去ろうとうする力が強くなれば、私たちは段々と弱り、やがて死んでいきます。

 

太陽こそが生かす力であり、月こそが、私たちを消し去ろうとする力であるとの私の見方は、根源的で正当だと私は勝手に思っています。

 

誰でも幼子のようでなければ、天国に入ることはできない、、、、イエスの言葉です。

 

月に囚われる前の幼子こそが、永遠の命に入る条件であることをイエスは伝えます。では、幼子で無くすように働く力とは何でしょうか。月に囚われたら死、月に囚われぬ幼子のようなら、永遠の生、、、

 

生死の法則がこの世にはあるはずです。占星術には、それが本当に正確に隠されており、太陽と月の理解こそが、極めて重要なのです。月を悪く言いたいのではなく、目の前の落とし穴さえわかれば、人生は一転して明るくなるのです。月の理解がそれです。

 

次回は「二人の文学者に見る月との葛藤」② 寺山修司氏

ぜひ楽しみにお待ちください。

 

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二人の文学者に見る月との葛藤 ②寺山修司氏

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二人の文学者に見る月との葛藤 ②寺山修司氏 19351210日生まれ(月はふたご座)

 

文学者と月との関係についての二人目の考察は、寺山修司氏、寺山氏の月はふたご座です。

 

私は学生時代に寺山修司氏の大ファンで、渋谷の並木橋というところにある天井桟敷の前を通って、毎週渋谷の場外馬券売り場に通っていました。天井桟敷の前を通ると色々な恰好をした男女がおり、それを見るのが楽しかったことを思い出します。

 

寺山氏の作品は不思議なレパートリーに満ちており、その中でも、ドイツのケストナーに似た作品群がありました。あまり知られていませんが、その中に「さよならの城」という詩集があって、私は大きな影響を受けました。

 

自分も文章を書きたい、、、と思うようになったのも、寺山氏の「さよならの城」に影響を受けたからです。内容は少女詩集のようなもので、おとぎ話しのようでしかも幻想的な作風の詩。私はそれに魅せられ、似たような詩を大学生時代にたくさんつくりました。

 

寺山修司氏は、中学時代から俳句や詩、童話を書き続け、学校新聞に投稿したりしながら段々と評価され、文学者の目にまで留まるようになっていきます。

 

早稲田大学の国文学部に入った氏は、たちまち頭角を表します。その頃の代表作「父還せ」は大変な評判をとり、華々しく寺山修司は文壇にデビューすることになります。

 

彼の出生時の月はふたご座にあり、本来は、書いたり語ったりすることには才能が無い、はずです。あっても真似事を抜けられないと考えるわけですが、寺山氏の場合は早くから才能を発揮しています。

 

ただ気になるのは、そのジャンルが一定でなく、どこに何を求めているのかが定まりません。ふたご座の月は、思考能力がないことを示しますが、一定の考えを深めることは苦手だったのかもしれません。世に出るきっかけとなった「父還せ」は同時期に発表された「乳房喪失」の影響が大きかったと言います。

 

また私が影響を受けた「さよならの城」は、ケストナーの影響を受けたものでした。常々、寺山氏は誰かの影響を色濃く受けて自身の作品に生かしていきます。

 

寺山氏は、俳句と短歌の世界では、天才の名を欲しいままにしていました。早稲田大学当時、同世代にあたる学生に、大橋巨泉氏がいました。巨泉氏も俳句の道を進もうと思っていたのですが、寺山氏には逆立ちしても勝てないと思い、その道をあきらめたということです。

 

しかし、そんな寺山氏に一大スキャンダルが襲います。寺山氏の俳句が模倣ではないか、、、との問題が持ち上がったのです。盗作問題です。中村草田男氏や西東三鬼氏らの俳句の模倣ではないか、という批判でした。

 

白黒の決着はおぼろげになったと思いますが、寺山氏としては、純粋な思いでこの道だけに進む、というわけにもいかなくなったと思われます。

 

実は、ふたご座の月は、この問題と非常に深く関係します。ふたご座の月は考える能力がなく、思考力に弱さがあるので、自身の考えが持てません。どこからから借りてきて補う以外に方法がないのです。ふたご座の月の人が文章を書く際に非常に苦労するのもこの点です。

 

自身の中に思考がないのですから、本当ですと創作は無理です。しかし、自身はふたご座の思考や創作、文筆にこだわり続けますので、方法はどこからから持ってくる以外にありません。盗作問題という悪意は到底ないのですが、どうしても借り物なので似てしまいます。

 

寺山氏もそれを行ったと思わざるを得ません。状況の証拠は沢山あり、俳句はクロスワードパズルではない、、、と批判されるようにまでなります。クロスワードパズル的俳句とは、あちこちから単語を集めてきて、クロスワードパズルのように一つの世界を作る、、、ということです。

 

寺山氏の太陽はいて座ですから、構成力の方は本物です。あとは、深みのある単語や表現を借りてきて、それを独自に構成することで、魅力的な表現の世界を作ることになったと思われます。やはり寺山氏は、創作活動の最初の表現、思考方法のなさで、本当は困っていたと思われるのです。

 

短歌と俳句の道だけでは無理なので、以降、様々な方向への活動が始まったとも思われます。しかし、常に思考の無さは付きまとったはずで、彼にしかわからない苦悩があったと思います。以降、寺山ワールドはもの凄い広がりを見せますが、単独で行ったものは少なく、横尾忠則氏や東由多加氏、奥さんになった九条映子氏、谷川俊太郎氏、場合によっては明日のジョーなどの個性との協力世界の創出という面があったと思います。アイシンクができない、、、という月ふたご座の弱点を、人なつっこさや、人間関係を本能的に応用して補ったのでしょう。

 

寺山氏の多様なワールドは、個性の噴出というよりも、人の巻き込みによる場つくりの面が大きかったと思われます。ふたご座月は、人と話しても、何を話そうとしているのか、、、なかなかわからないし、最終的にも伝わらないのですが、それは良い面での巻き込み現象を促進させる利点があります。

 

「よし、わかった、、、おれが絵を描くよ」「よし、私がここで気張ってみるわ」「それなら外国に誰それという人が似たことをやってるので、連絡してみるよ」というような、おそらく垣根を超えた助け手の出現により、寺山ワールドが広がった気がします。月ふたご座には、アイシンクがないので、自分からワールドを見せることはできません。周囲のありがたい誤解による発展方式が寺山ワールドを支えていた面があったと思います。

 

というのは、寺山修司氏は競馬好きでも有名でした。私も当時から競馬ファンでしたので、競馬番組に出演する寺山氏の話しを真剣に聞こうとしました。しかし、期待に反してあまり面白くないのです。文章ならあとで練ることもできますが、その場の話しは、その人の中身がどうしても出てきてしまいます。

 

氏の話しには東北特有の独特のイントネーションがあって、それが個性としてむしろ輝くため、多くの人は気づかないと思いますが、真剣な競馬ファンである私の耳には、もう少し話しに輝きが欲しいとの思いがありました。

 

ミオソチスという馬が昔いて、寺山氏はミオソチスの大ファンだったのです。その娘だか、孫にあたる、アローエクスプレスという馬がさつき賞に出走したときだったと思います。寺山氏はしきりにミオソチスについて、そしてアローエクスプレスについて思い出深く語るのですが、私としては何かピンときません。

 

まず、ミオソチス(忘れな草の意)は繊細な馬のイメージでしたが、アローエクスプレスはどちらかというと巨漢馬で、繊細なタイプではありませんでした。力でグイグイ押し切るタイプの名馬であり、ミオソチスの感傷とアローエクスプレスとは合っていないのです。因縁でしょうか。大橋巨泉氏も競馬好きで、やはりアローエクスプレスが勝ったレースについて語ったことがあります。

 

あるレースでアローエクスプレスともう一頭の馬が抜け出して、アローエクスプレスが鼻差という微差で勝ったレースの解説時でした。大橋巨泉氏は、凄い馬だな、、、わずか鼻差で勝ったと思われるかもしれませんが、あのまま大阪まで走って行ってもやはり鼻差で勝つんだよ、そういう馬だよね。

 

私は大橋巨泉氏のその解説を聞いて、寺山氏の解説よりもずっと面白く、文学的でさえあると思ったものでした。月のふたご座は、寺山氏から当意即妙な話しの楽しさは奪っていたように思えます。

 

しかし、そうした自身の足りなさをよく理解していた寺山氏だったからこそ、その後多方面での活躍をすることになっていったのだと思います。

 

月ふたご座の考えられない、、、本物の文章は書けない、、、真似事の文章しか書けない、、、、という運命に対して、寺山氏は脱文章化の方向に進みます。もちろん寺山氏が月ふたご座について知っていたわけはありませんが、彼が目指した方向はそれが良かったのです。脱文章、、、脱シナリオ、、、脱ストーリー、最初からアイシンクの無いスタートである点、間違いなく寺山芸術の出発点だったと私は思います。

 

「書を捨てよ 町へ出よう」は、まさに月ふたご座との決別であり、彼の芸術家としての記念碑ともなりました。やがて市街劇「ノック」は、シナリオもストーリーもない町の実験劇であり、月ふたご座のストレスなしの構造へと向かい出します。

 

しかし、月ふたご座の理解などない寺山氏は、自身の中にある、考えができない、、本当は文章が書けない、、、という自分への負い目やこだわりには大きいものがきっとあったと思われます。彼の活動が月ふたご座の欠けた自身への弁解となっていた部分は少なからずあったことでしょう。

 

1980年、宇田川町のアパートに侵入しているところを家人が不振に思い、警察に逮捕されます。のぞきだったと当時言われましたが、実際には市街劇ノックの下見であったというのが真相のようですが、妙と言えば妙な話しでした。

 

アパートの家人に言わせると、5年前にもアパート周辺をウロウロしていて警察を呼んだということです。同時期には肝硬変で入院もしており、晩年の哀愁が漂い出していました。

 

なぜ、それほどまでに酒におぼれたのか、、、なぜ自身にも破壊的な生き方しかできないのか、、、、それらはすべて月がきっかけになりますので、寺山氏自身の中で、月ふたご座の問題は未解決だったと思わざるを得ません。

 

彼の月ふたご座が本当の意味で評価されたことは、実はなかったのです。若いころに天才と言われた俳句や短歌の才能は、盗作事件によって傷つきます。しゃべることが下手で何を言っているのかわからない彼の態度は、仲間うちでは人間性として人気を博しますが、夫婦喧嘩ではそうもいきませんでした。

 

しきりに九条映子を言葉で説き伏せようとうする寺山に対して、九条映子の方が手を出すというパターンだったと言います。わかりにくい話し、意味のない話しに、妻の九条が我慢できずに手を出す、、、、ふたご座の月は、寺山氏の孤独と本当には自分には才能がないのかもしれない、、、との思いで自身を責め続けたものと思われます。

 

1983年、54日、寺山修司逝去。47歳の人生でした。

 

冥界から戻ったイザナギの尊は禊をしました。左の目を洗ったときにアマテラスオオミカミが、右の目を洗ったときにツクヨミノミコトがお生まれになったと古事記に記されています。

 

アマテラスは太陽。月読の尊は、ツクヨミで、黄泉を、それぞれ受け持っているのでしょうか。

 

左がアマテラス、、、右が黄泉、、、左は陽足りであり、右は身切り。

太陽が命を与え、月が命を奪う、、、、この構図を理解する必要があるのです。

 

月にとらわれれば、命は短くなりもするし、狂気に陥りもします。寺山氏の短い生涯の裏に、月のふたご座の影響を私は感じずにはいられないのです。

 

お知らせ

130日 ZOOM「月の座談会」 19時半から21時半まで

参加人数 10

参加費用 7000

形式 参加型ズームセミナーとなりますので、自由な話し合いが可能です。全国どちらからでもご参加いただけます。

 

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政権末期のお付き合い

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このところ、月の話しばかりで他の事柄についてつい遠ざかっていました。月については、各ハウスの月、かに座ハウスカスプについて、さらに、月と神話、月と幽界、月と供養、についてなど、まだまだ書きたいことがあります。

 

私の月の原理は、月は影であり、本質を持っていないということです。そのため、出生時の月に示されたサインが表すものも、その人は持っていない、、、と考えます。本質を持っていないので、それを成長させることも発展させることもできません。わずかに7歳ごろまでに覚えた内容をマネ事として発揮することはできます。その場合でも、どんなにマネが上手でも本質をもたないので、本物に発展することはないのです。

 

ただしその分、月には人気があります。人は不完全なものや、そうした匂いがするものに敏感です。人は相手の不完全さを見ると、自分が安心できるからです。

 

反対に自身が月に支配されているが、そのことに気づかないでいる場合は、自由な意識を持つ者に対して反感を持ちます。なので、月は人間関係の深い部分に必ずかかわっていきます。好き嫌いの判断です。月の好き嫌いの判断とは、不安になるか安心か、ということでもあります。

 

月がもたらす無意識に気づけない一番の原因は、自身の心の奥底にある憎しみに気づけない場合です。自分の内にある憎しみの感情に気づけない人は、月を正しく理解することはできないと思います。自分を防衛することの方が重要になるためです。

 

月には死んだ母がおり、その母は実は救われていないのです。なので私たちは常に月に後ろ髪をひかれます。また、死んで救われずにいる母のことが気がかりなので、私たちはつい常に月に支配されてしまいます。もちろん、死んだ母とは実際の母のことではなく比喩としての話しですが、月を理解するために有効なキーワードになると思います。

 

月について話し出すと、またまた話しが伸びてしまいます。月についての話しは今後もつづけますので、ご期待ください。さて本日の本題は月ではなくて、政治の話しでした。

 

政権末期のおつきあい、、、と言うテーマ。

 

現政権が政権末期かどうかはわかりませんが、末期的症状があちらこちらから出てきていることだけは確かです。森友、加計問題から始まって、情報の隠蔽、嘘の答弁、データの改ざんという信じられない事態が続いていますが、責任者は厳しく弾劾されず、形だけのお叱りのあと、その後、見事に出世しています。

 

普通、大問題を起こした人がすぐに出世することなどあり得ないのですが、今回は永田町常識とまったく正反対で、栄転、出世のオンパレードです。

 

嘘が大威張りでまかり通れば、嘘には力がありませんから、最後はへたります。その様相が段々と見えてきました。

 

政権末期のお付き合いとは、、、、実はこれが大変なのです。何事も政権末期の付き合いで人は苦しめられるからです。

 

ナチスの政権末期には、指令系統もバラバラ、連合軍もソ連軍もベルリンに迫っている、、、、ベルリンは火の海、、、人々は地下鉄に逃げた人が多くいました。ヒトラーは何を考えたかというと、人々が多数いる地下鉄を浸水させろと言ったのです。指揮系統が生きておらず、実際にはそうしたことにはなりませんでしたが、その際のヒトラーの言い分が凄いのです。「私を選んだのだから、最後まで付き合ってもらう」

 

ひるがえって今の日本。安倍さんがヒトラーとはもちろん言いませんが、現政権の残したもの、その末期のお付き合いがこれから日本人は始めなくてはならないわけです。

 

素晴らしいものなら良いのですが、現政権が残したものとのお付き合いは、どんなものとなるでしょうか。ざっと上げてみましょう。

 

株高政策は安倍政権のお株でした。それもそのはず、日銀のお金で株や債券をバカすか買ったのですから、上がって当然。問題はその後始末です。日銀以外に買い手ない市場ですので、売りに出す際には買い手がいない構造です。買い手がいないままズルズルと株価が下がれば、日銀も収支ポイントを割り切る前に急いで売る以外になくなります。

 

現政権は露骨に企業優先の政策でしたので、企業の利益保有額は莫大になっています。安倍政権としては、今度は日銀が売り出す株や債券を企業留保で買い取ってもらいたい、、、と思っていることでしょう。自社株買いへの期待です。それができれば、株価を下げずに済みます。

 

企業としてはこのまま、利益構造が維持できるなら、それに応じるでしょうが、これから金融面での変化があると思いますので、企業は安心して自社株買いができるとは私は思っていません。金融面での変化とは、円高のことです。

 

日本の企業は輸出型ですので、円安に頼っています。円安はアメリカの金融勢力とのタッグを組めるうちは、成立しますが、クリントン女史を筆頭とする金融勢力はトランプ氏の前ににっちもさっちもいかないでいる現状では、これまでの流れは逆転し、円高になっていくでしょう。

 

そうなれば日本の企業はアップアップです。自社株買いどころではありません。日銀が放出する株を一体誰が買うでしょうか。下がるとわかったら、さらに追い打ちをかけて売られるのが相場です。

 

日銀の政策には、今、出口がないということです。これは、現政権の政権末期のお付き合いとして、非常に厳しいものとなるでしょう。

 

連動して都市部の値上がった土地不動産に波及するのも見えています。都市一極型の集中投資で儲けるという現政権、清和会政治のわかりやすさにも、まったく出口なしの状況が訪れています。

 

さらに外交です。北方四島を取り戻すと勇ましかったはずの現政権だったのではなかったでしょうか。ロシアからの、現在の領有権の正当性をまず認めろ、、との要求にこたえられず、ニコニコ笑っているだけの状態。そしてアメリカに泣きつく始末。それにはロシアもびっくり。なんで日ロ問題にアメリカが出てくるんだと、お前、一体何なんだ、と。一体どうするつもりでしょう。

 

半島問題。わずか一年前まで、サイレンを鳴らし、小学生にまで防空訓練をさせて、北からのミサイルに備えさせていました。その半島は戦争どころか平和裏に統一に向かい出しています。良かった良かった、、、と言えばいいものを、一人でいちゃもんを付けている印象を世界に与える現政権。平和に反対する妙な国として、世界が見てはいないかと心配になります。

労働条件の悪化、劣悪化も現政権の元にすすみました。力と強制とインチキで場をしのぎましたが、これ以上の貧困化には、日本の国民も限度を迎える可能性があります。大規模なストライキが、今年からはおそらく起こってくるでしょう。

 

現政権が力を入れていた原発輸出は、すべてが灰に帰す結果になっています。国民のだれもが、原発は無理、もうたくさん、、、と思っていたのを、無理やり進めた結果がこの始末。どうしてくれるのでしょう。

 

さらにオリンピックのインチキはどうなるのでしょう。現政権は関係ない顔を貫くかもしれませんが、フランスの捜査で政府との関係が出てきたらどうするつもりでしょう。マスコミへの徹底した報道規制でしょうか。

 

このように、金融音痴、政策音痴、外交音痴、時代錯誤、の現政権の後始末は、大変なものが予想されます。具体的にすでに進んでしまっているものばかりなので、政権がどうなるにせよ、政権末期の後始末には、全国民が付き合わされるのです。政治を甘く見た結果ですよね。割はこれから私たちが喰らうのです。そのことだけは事実です。誰を選ぶか、何を選ぶかは、本当に大切ですね。

 

ヒトラーの言葉をもう一度噛みしめてみたいと思います。

「私を選んだのだから、最後まで付き合ってもらう」

 

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月のホログラムを溶く「月光反転法」

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 月について新たな角度から語ってきましたが、まだまだ語り尽くせないというのが正直な気持ちです。月の新理解がもたらす可能性は、人の生き方、考え方、哲学、宗教にまで及ぶものです。ことに、意識の分野において、月という尺度を持つことで、わかりにくかったものが、わかりやすく理解できる可能性があります。

 

これまでの私の月についての考えを整理するところから始めたいと思います。

 

月は伝統的に死の星と言われ、反射、吸収、陰影というキーワードで語られてきました。私もこうした月のキーワードはその通りだと思います。伝統的な月のキーワードについては、何ら変更するものではありません。

 

ただ、その解釈が異なっているだけです。月は幻影であり、実体がない世界を意味すると私は解釈しました。太陽の光を反射し、その反射光を地球に注ぐ月。

 

私の月解釈に関しては、フリーエネルギーの考えがあったため、月が幻影であることに気づかされたのです。すべての物や事柄をエネルギーの時点で考えると物事をシンプルに理解することができるようになります。

 

すべての物はエネルギーが姿を見せた形であって、本質は物ではなくてエネルギーです。エネルギーが補充されていれば、物は永遠に維持されますが、エネルギーが途絶えれば、崩壊化が始まり、やがて消えてなくなります。要するに死です。

 

エネルギーこそがすべてを作り、養うのですが、それが途絶することで、崩壊化に進み、消えます。この原理に従わないものはひとつもありません。

 

物であれ人間であれ、エネルギーの法則に沿って存在しているわけです。

 

この世には、エネルギーをもたらすケースとエネルギーを途絶えさせるケースとがあるわけです。

 

すべての縮図である天体及び占星術にこの原理が適応できないはずがありません。そして、伝統的な月のキーワードに従えば、まさに月はエネルギーを奪う方の惑星であるとの定義が伝統的キーワードそのものです。昔の人はわかっていたのです。ただ、理解しない人々がその伝統的キーワードを誤解してきたのだと思います。

 

太陽はすべてのものに命を与える星です。エネルギー供給の星とも言えます。しかし、私たちは必ず死んでいきますので、エネルギーを吸収し、奪う星がなければ、説明が付きません。それが月です。そして文字通り、伝統的にも月は死の星であり、吸収放出の星と、言われてきているわけです。

 

本当にその通りなのです。私が勝手に新しいキーワードを作ったわけではないのです。昔から言われてきたことを、私たちは勝手に解釈して来ただけです。

 

太陽が命を与え、月が命を奪うのです。

 

月は幻影であり、何一つ本物がそこにはありません。反射して映る世界を本物であると錯覚しているのが人間です。月からは一切のエネルギーは来ませんので、月に捉えられたら、私たちはエネルギーを失います。太陽が与えたエネルギーを吸収回収していくのが月です。

 

月に捉えられれば、肉体も精神も弱まり、ルナティックに陥ります。ルナティックに陥らないまでも、エネルギーは奪われます。月は過去を意味するともいわれますが、過去に埋没したらエネルギーが奪われて行くことは確かです。そこには美しい思い出もありますが、美しい思い出でもそこに没頭すれば、やはりエネルギーはなくなります。

 

月はまた、無意識の星ともいわれます。その通りです。月は四六時中私たちにある一定の感情を掻き立て、そのことに気づかせないほど私たちの心の中に浸透します。日常が月に支配されるとはこのことです。私たちは、月以外の何等かの意識を持たない時は、無意識的存在となり、月の中にあるのです。

 

常に月は私たちの心の中にあり、日常のモードを心の中で形成させます。とくに意識された思いや行動が無い限り、私たちは月に捉えられているわけです。ただし、その力は、意識の前ではまったく力を持ちません。

 

しかし、意識的な生き方の少ないケースでは、月は容赦なくエネルギーの収奪を無意識によって行います。意識的な部分が足りない人が、無意識に動かされるとは心理学の定説であり事実です。占星術ではその無意識を月と位置付けており、心理学と同じ構造をしています。

 

しかし、心理学には限界があります。それはエネルギーの観点からまだ説明されていない点です。すべてはエネルギーという観点で捉えなおさない限り、実体を見せることはないのです。エネルギーという基本生命及び、その性質を表す周波数です。

 

太陽がエネルギーであり、その性質であるサインが周波数です。月の場合で言うと、月がエネルギーを奪う星であり、その性質である周波数が月のサインということになり、すべては説明付きます。

 

この世にはエネルギーをもたらす構造とそれを奪う構造とがあり、占星術ではそれを太陽と月とに代表させて持たせていることがわかると思います。月が怖いとか、月はダメなのか、、、というような目先のことではなく、こうした正しい構造を占星術はすでに持っていたということです。

 

これは人類には気づかないことでしょうから、やはり占星術は宇宙から来たものなのかもしれませんし、大昔の宇宙と交信のあった時代の貴重な産物としての可能性もあります。とにかく非常にすぐれているのです。

 

心理学は占星術を学ぶことで次の段階に進めるはずで、ユングなどはかろうじて直観としてそう感じていたのでしょう。トランスサタニアン占星術もありますが、エネルギーのことを考えていないので、どうしても限界が出てくると思います。

 

このように、占星術の構造は、真理に直結した正しい学問であると思いますし、その通りとしか言いようがありません。信じる信じないではなく、その通りなのです。分かるか分からないかの違いがあるだけです。

 

この世には、エネルギーをもたらす力があるので物や人は存在できています。ただそれだけですと、物も地球も人類も自身も永遠の命となります。しかし、この世には、エネルギーを奪っていく力もあるので、物はやがて滅び、人もやがて弱って死んでいくということになります。

 

さて、先ほど、太陽が意識であり、月が無意識と言いました。その通りですが、実は意識がエネルギーなのです。意識からエネルギーが訪れ、無意識によってエネルギーを奪われるのです。心理学で無意識を用心するのは、このことです。心理学も最後は意識学です。すなわちエネルギーについての理解が必要になってくると思います。素粒子が観察者がいるとあらわれるといいますが、意識が物を生み出していると言うことです。

 

占星術では太陽は目指す方向であり、より意識的に生きることと同意です。太陽を獲得するとは、意識的な存在である自分を確立したことになります。そしてそれに従っているうちは、その人に豊富なエネルギーが注がれます。なので、成功したり有名になったりするわけです。成功することや有名になることが目的ではなく、意識的に生きない限り、月並み以上のことはできない、、、ということです。

 

一方、太陽の光を反射して光る月は真逆の位置に置かれます。太陽が意識なら月は無意識の領域と深く関係します。無意識そのものと言っても間違いありません。無意識が悪いとかどうのではなく、無意識的に生きていけば、必ずエネルギーを奪われるということです。ただそれだけです。

 

しかし、人類始まって以来、多くの人がエネルギーをやがて失い死んでいきました。私ももちろん、いずれそうなります。当然のことですが、そうなると月にはこれまでの死者の魂がほとんどあるという、死者の代表としてのシンボルとなります。(冥王星との関連はまたいつか機会があった時に語ります)

 

そう、みんな月に戻っていってしまうのです。なので、月は故郷であり、郷愁です。月を感情的に捨てきれる人などいません。それをどう受け止めるかです。

 

人が元気に生きて、何かを達成させていくには、月は邪魔です。しかし、みんなと仲良く、それなりに生きて、亡き母や父がいる世界に戻ろうとする幻想は月が与えます。

 

それをどう取るかは、それぞれの人生観ですので、私がとやかく言うべきものではありませんが、私自身はそれは罠だと思っています。亡き母も父も、そうした幻想の世界にいるというのは違い、きちんとしたエネルギーの補充によって永遠に生きていると思っています。それについては、また、月と供養、、死んだ母のいる月、、、というようなテーマでいずれ語らせていただきたいと思います。

 

月はともかく、エネルギーを奪いますので、そのことをご自身で理解していただけたらというのが、これまでに語ってきたことです。

 

月は7歳までに得た知識や体験を真実と思います。しかし、それは間違いであり、嘘なのです。7歳までに得た内容で確定しますので、それ以降の発展はなくなります。真実のかけらひとつでもそこにあれば、そこからさらなる発展がありますが、月は反射で影ですので、実体は何ひとつないのです。なのにそれを事実であると信じ、捉えてしまっている私たちは、常にないものに心を奪われ、不満足なものを気にしながら生きていってしまいます。

 

成長発展するものなら、それに対する考えを変更することも発展させることもできますが、月はもともとないものを、あたかもあるかのように思わせているだけですので、発展する余地がないのです。種も根もないので、発展しようがありません。

 

そのため、月は消耗と関係し、月の衝動での言動から私たちはエネルギーを奪われます。

 

月の衝動に乗ってしまうことで、エネルギーを奪われるのです。このことを、何回にもわたって語ってきておりますので、わからなくなったらら、ぜひまた読み返していただけたら、自身が陥りやすいケースがご理解いただけると思います。

 

さて、問題は次です。では、月はダメなのか、、、意味ないのか、、、ない方がいいのか、、、 悪さするだけなのか、、、、について、お答えしなければなりません。

月を理解した方が次に思うのは、「じゃ、どうしたらいいの」です。

 

そろそろ、お応えする時期が来たと考えています。結論から先に言いますと、月は本当は使えるのです。使えるどころか、死の星を生の星に変えることが可能なのです。月を反転させれば太陽になるからです。要は月はホログラムですので、ホログラムを反転させてリアルな太陽に戻せばいいのです。

 

私の勝手な判断ではありません。月の伝承をひも解いていくと、月との正しい付き合い方を示すものが、実はいくつかあるのです。

 

各地方、地域、国において、月にまつわる見方に共通しているものがあります。月に捉えられることをルナティックと言って、狂気を意味したり、狼男の伝説も月との関連です。月を直接的に見てはいけない、、、という風習はけっこう多いものです。日本の中にもあり、ホツマツタヱと言われる古書には、月と婚礼の話しが出てきます。

 

婚礼は永遠性の絆を求める儀式です。その際に、盃を交わすのは、日本に限らず伝統の行事です。ホツマツタヱにも書かれているのは、盃は逆月というのです。

 

婚礼の盃に酒を酌み、酒の表面に月を映して永遠の契りを結ぶ、、、との場面が出てきます。実はこの話しはフリーエネルギーの原理に極めて沿った話しであり、崩壊のエネルギーを生成のエネルギーに反転させる秘法となっています。

 

月は映しですので、そこに実体はありません。しかし月の光を反転させれば、本来の太陽の光に戻るという、理屈を超えた真理です。

 

逆さの月、、、これが盃の語源となったのでしょうか。水面に映る月を愛でる風習も各国各地域にあると思います。これら、逆さの月を利用した風習はエネルギー的に正しく、月の危険でない扱い方をよく理解していると思わざるを得ません。

 

永遠の愛を求める婚礼の席において、月に願いを託すことは、ロミオとジュリエットの中に「日頃満ち欠けする月に愛を誓ってはいけません」などと出てきますが、ホツマツタヱでは月に永遠の愛を誓います。ただし、逆さの月に誓ったのです。月の幻影を逆さにして太陽の光に戻せば永遠の愛の成就という、エネルギーをよく理解した考えです。

 

月は太陽の光を反射して地球を照らします。その際、反転させているため、太陽の光は命のエネルギーですが、真逆の命のエネルギーを奪う存在になっています。そこをさらに反転させれば、再び月の光は太陽の光に戻ります。

 

この原理を応用したのが、「月光反転法」です。具体的に言いますと、あなたの月のサインの示す才能や能力はあなたににはありません。これはこれまでに何度も語ってきましたので、わからない方は前のブログをお読みいただけたら幸いです。さらに、ないものに人はこだわり続けますので、常日頃、私たちは月の無意識に踊らされることになります。そしてエネルギーを奪われていくわけです。

 

月はその人にないものを示しますので、月を使ったり応用することは実際にはできませんし、月の示すサインの意味さえ、正しく知ることはできないのです。月サインはその人がまったく持ち合わせてないものを示すため、それがないという意味も場合によってはわからなくなります。かろうじて7歳頃までに覚えたイメージで月を演じることはできますが、あくまでも演技です。

 

なので、月で行ったことは最高で月並みであり、発展することはないし、本人も実はそのことで苦労しているものです。正直に自分を見つめれば、ほとんど例外なくそのことがわかります。太陽は獲得していくものですから、人によって太陽意識の差は大きくなりますが、月はまんべんなく必ず与えられる強制ですので、ほぼ例外なく、正直に自分を見つめてみれば、何が自分を苦しめていたかがわかります。

 

そして、月の反応に従っていると、どんどんエネルギーを失いますので、体感的に不愉快さを感じたり、不安になったり、不信感が強くなったりと、良くない感情に侵入されていきます。

 

月はないものにこだわる心理であるにも関わらず、その人を支配しようとします。そのため、月の強制から抜けられずに苦労するのですが、意識の前では無意識は無力です。

 

月の反転法とは、月の衝動に動かされるのを感じた時、その月サインのようにふるまうことを止めて、正反対の星座のように振舞うことで、月の力を反転させ、太陽の力にすることができる方法です。

 

月は無意識に働くものの、何度も私が言ってきたように、確かに自身の中にそうした月の働きがあり、それに左右されていたことが多少なりとも理解できれば、月に陥った際には、ふっとそのことに気づけます。その際に、月の反応に従わず、反転させた正反対のサインを意識的に用いるのです。そうすれば、月の無意識は意識となり見事に反転して太陽の光になるのです。

 

月のサインは持ち合わせてないものですが、正反対のサインは必ず、ありますので、使えます。そこに星がなくても関係ありません。月サインだけが欠落しているわけで、他のサインはすべて持っているから正反対のサインは使えるのです。

 

これが突破口になります。突破口どころか、たちまち無意識を意識化し、太陽のエネルギーに変える方法になります。しかも月は常々働く力ですので、常々自身を意識化した方向にもっていくための力にもなってくれる有難い星となるのです。

 

逆さの月を使うことで、私たちは常に意識化した存在に変化していけます。月がなくてはこれは難しいでしょう。これができれば、エネルギーを奪う存在が大幅に無くなりますので、人生も健康も寿命もかなり違ってくるはずです。

 

具体的に12サインにあてはめて簡単に語りたいと思います。詳細はまた、いつか発表させていただきたいと思いますが、今回は簡単に月光反転法を下記いたします。

 

 

おひつじ座の月の人は、すぐに怒る、、、ムッとしますが、それだと嫌な気持ちになり自信を失います。それに気づいたら、てんびん座をあえて意識するのです。ムッとしたら、「それであなたはどう思うの」とソフトに尋ねる、、、「じゃ、一緒にやってみようよ」と協調や共同への意識を向ける。これにより、おひつじ月の怒り反応によって奪われるはずのエネルギーは意識化されたてんびんにより、本物のエネルギーとなって本人に戻ります。月は常々私たちに強制をかけてきますので、常々の苦しみが、実は常々のエネルギー補給の機会にすらなっていくわけです。この原理はおひつじ座に限らず、すべてに共通です。

 

おうし座の月の人は、常々、五感の満たされない思いにイライラしたり、落ち着かない気持ちでおりますが、自身を金持ちに見せようとしたり、ゆったり人生を楽しんでいるように見せることで、実はエネルギーを消耗していきます。そうした消耗する人あたりの良さを強制されたように感じた際には、むしろ真逆の、真実をはっきり言ってしまう、、、断固とした姿勢を示してしまう、、、ことで、あいまいなおうし座の月と決別してみるのです。おうし座の月の人は穏やかに見えますが、内心では五感の不快さに心を乱しています。そんな時は、さそり座のように、きりっとし、鋭さを出した方が実は本物となり、魅力的になります。にこやかに胡麻化さず、思ったことは飾りなく言ってしまう、、、それでこれまでにないエネルギーの補給感を得るはずです。集中して何かに取り組むことでも、エネルギーを得られるでしょう。夢中になるものがない時のおうし座が、日頃の五感の不備にやられてしまうのです。どの星座の場合も、月がその人を魅力的に見せることはありません。反転すれば、本当に素晴らしくエネルギーが通うようになるので、おうし座の月ならさそり座のような言動、さそり座のような振る舞いを意識することで、元気になります。

 

ふたご座の月の人は、理解力がありません。考える力もなく、知的な事柄に焦りを抱いて内心では右往左往しています。それが軽い印象を人に与えるのですが、気持ちが落ち着かなくなったら、月に侵されているわけですから、いて座のように振舞えばいいのです。月はないものゆえそれに支配されますが、いて座ならあなたにとってある要素ですので、大丈夫です。いて座のようにおおらかに、自分が貴族のような高貴な存在だと思って、その様式で働きかけるのです。落ち着いた姿勢となり、エネルギーに満ちてくることでしょう。常々それを行えば、あなたの印象どころか中身は本当に素晴らしい変化をとげます。また、人から軽く思われなくなっていきます。ものごとの道理や社会正義を重視する個性も発展していき、あなたにエネルギーをもたらすでしょう。

 

月がかに座なら、本当は家庭的ではありません。家のことや母としての仕事がつらくて仕方ない人です。それでも良き母であり、良き家庭人であろうとすれば、エネルギーを消耗してしまうだけです。良き家庭人、良き母なるイメージに追われて苦しくなったら、反対のやぎ座を使うのです。妙にやさしくするより、「はい、これしてね。あなたの役割」というような家族に労務を与える立場に立つと、面白いように元気になります。かえって仕事優先で家庭後回しでもいいくらいです。「ごめんね、家のことできないで」と言えば、むしろ家族はわかってくれます。無理して良き母を演じることから、自身にも家族にも負のエネルギー負担をかけてしまっていたのです。正反対のやぎ座を使うのです。そうすると、安っぽい目先のやさしさや感傷、欺瞞が消えて、むしろ信頼されるようになるでしょう。

 

以上、4星座の解説となりましたが、どの月の場合でも反転させてエネルギー化することができます。原理的に正しいので間違いないはずです。

 

月はないもの、、、ないものにこだわり、それを自身だと思う、、、、その結果、振り回され、エネルギーを失う、、、、ないものは月だけ、、、反対の星座はある物ですので、使える、、、月の反対星座の言動を意識的に使えば、行動が意識的となり、月の幻影を抜け出ることができるうえに、月は常日頃影響を強制してくるお陰で、反転さえすれば、常にエネルギーを与えてくれるように働き続ける、、、ということです。

 

他の8つの星座についても、今回は長くなるので、中断しますが、次回に反転法をお伝えしますので、楽しみにお待ちください。

 

 

 

月のホログラムを溶く 月光反転法② しし座からうお座の月について

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上の月は昨晩のスーパームーンを盃にお酒をいれて、反転した月を映しました。実際の月よりやさしい表情に見えます。

 

 反転法の後半に入りたいと思います。残り星座についてです。

 

月のサインが示す素質や才能、価値観は幻影であり、本当のものとは違いますので、それにこだわり続けることで、私たちはエネルギーを月に奪われていきます。

かといって、月を完全に無視することもできませんし、太陽に頼むとしても、太陽の獲得度合いは人によって異なります。また太陽意識を獲得したとしても、加齢や病変により、エネルギーが衰えたところを月につかまります。

 

結局、月の原理を理解しておくことがやはり重要なのです。月原理を理解しておけば、自分が何に捕まりやすく、どうエネルギーを奪われるかのパターンがわかります。一時的にエネルギーが落ちた時でも、自分に働く月原理がわかっていれば、みすみす捕まりきることはなくなるからです。

 

月は常日頃、私たちが意識化されている時以外はすべて月に支配されていると言ってもいいでしょう。そのため、月の落とし穴が色々な形であるわけです。ただ、月に捉えられている際の私たちが感じる反応は正確です。

 

月に囚われてエネルギーを奪われている際の私たちに訪れるものは、不快感であり焦燥感であり不安であり恐怖であり未来への恐れです。こうした感情を感じた際には、月を無視すればいいのですが、月本能に打ち勝つことは難しいです。月光反転法を使えばいいのです。というか、常日頃、月光反転させた意識的態度で日常を生きることがベターです。

 

心理学の目標は、意識化した態度で生きることで自身の人生を生きられる、、、と

言ってもいいと思います。月の無意識に呑まれないことが大切なわけで、その際に月光反転法を理解し、日頃実践していれば日常の生活が意識的となり、光輝いてくるでしょう。ぜひ試してみてください。

 

月光反転法の原理については前回に語っていますので、ぜひご覧の上、ご自身の月光反転をお読みください。

 

しし座の月の場合

しし座の威厳、しし座の自信、しし座の華やかさを持たないのがしし座月です。しし座月は常にしし座的感情にこだわり続けます。自信はないが自分の思いや未来や感情にこだわり、なぜかそれを人に説明したくて仕方ありません。アイウイルが抑えられないわけです。しかし、自分だけの世界の話しをいくら人に話したとしても、説得力がまずない上に、よく理解できず、段々とめんどくさい印象を周囲に与えたりしがちです。しし座を反転させればみずがめ座になります。この人は、しし座月の衝動を感じた時に、みずがめ座の様式を選択すると良いのです。具体的には、しし座は「自分」が主体ですが、みずがめ座は「我々」とか「私たち」とか、「この社会」とか、「みんなで」が主語となる星座です。しし座月は主語をみずがめ座的なものに変えて話してください。そうすると、いかに自分が自分のことだけをみんなに話そうとしていたかがわかり、最初は話すことがなくなっていることに気づきます。そんな時に、みんな、、、私たち、、、という主語とその感覚で話しを探すのです。そうするとなぜか自由になります。楽になります。楽しくなります。できない自分にこだわることのつまらなさがわかれば、もう闇に吸い込まれることはなくなるでしょう。みずがめ座月の反転で、見た目もパッとした印象に変わるはずです。しし座月は実は自分の影ばかり追いかけるので、パッとした印象がしなかったのです。美男美女なのに、どこかパッとしないのは、影が原因でした。反転させれば影は消え、あなたは見違えるほど輝いていきます。

 

おとめ座の月の場合

おとめ座の月は批判する能力がないのに、自分や人を批判的な目で見ようとします。しかしその能力がないので、批判が一つとして正しかったことはありません。説得力もなく、周囲を批判すればするほど自身が追い詰められていきます。批判は周囲だけに向けられるのではなく、おとめ座月は自身を枠にあてはめ、きちんとできない自分を批判の目で見つめます。何事もきちんとできないのがおとめ座の月ですが、中にはきちんときれいに何事も行える人もいます。掃除や整理整頓の能力は、7歳までの真似事でもできるからです。しかし真似事なので非常に疲れます。月光反転法はうお座です。批判的な自分を発見した時、きちんとやろうとしてプレッシャーに押しつぶされそうな自分を発見した時、うお座の様式をあえて選択してみるのです。汚れてしまった部屋だこと、、、、でも、可能性が広がっている海にも見えるわ、、、汚れた部屋だけど魚のようにグズグズしてみようかしら、、、そんな物語イメージをふくらませるのも良いでしょう。ともかく批判したくなったら、まあいいじゃない、、、多めに見てあげようよ、、、わからないことは、わからないよ、、、、と言ってみる。人の失敗を見たらやさしく受け入れてあげる、、、自分にも同じことあったな、、、と思い出してみる、、、現実を分析できずにわけがわからなくなった時には、わけわからくなっちゃったよ、、、助けてよ、、、と人に甘えてみる。そうしたうお座の様式が、嘘のおとめ座月のストレスに負けて、これまでなかったと思うのです。おとめ座月の強制感を、あいまいでうるおいのあるうお座を使って対応するのです。するとあなた自身が魅力的になります。人の目にもそう映ります。反転したので本物の輝きが訪れるからです。月おとめ座の日頃うるさいあなたが優しくなった、、、、それだけで自身も周囲も幸福になるから不思議です。月おとめ座の影に陥って人を批判し続けている場合は、段々と意地悪くなり、自身も周囲も不幸感をまき散らすようになるでしょう。ここは反転してうお座月の様相を示すことです。元気になってください。

 

てんびん座の月の場合

てんびん座の月は、人間関係で悩む人が多くなります。人がいる場面では、それが親しかろうと親しくなかろうと、何か、自分と関係を構築しなければいけないというプレッシャーを感じるからです。付き合いたい人とだけ付き合えばいいのですが、月は常日頃のことなので、あらゆる場面での人間関係を良くしようして挑戦してしまうのです。そのため、意味ないことを話しかけたり、どう相手が反応するかを緊張して身構えたりしますが、まったく今後に意味をなさない人間関係やお付き合いの場面でもそうしますので、とにかく疲れてしまいます。そんな時は、おひつじ座に反転してください。自分のことだけ考える。自分のことだけ言う。自分の立場をあいまいにしない。何時までしかいられないわ、、、と最初に言ってしまう。思ったことを飾らずに言ってしまう。最初は自分にはそんなことできないと思われるかもしれませんが、おひつじもてんびんも太陽から見たらすべて同じ方向の同じ星座位置にありますので、てんびん座はできなくても、おひつじ座ならできるのがあなたなのです。ただやらないで、ない月のてんびんにこだわっていただけです。きょうから生まれ変わったつもりで、本能的に自分に忠実に日ごろの感情を意識してみてください。誰がどう気にするかなどということは忘れ、自分が何したいか、、、何を思っているかを全面に出して肯定してみることで、生きることがこんなに面白かったのかと、驚かれることでしょう。頑張ってみてください。嘘のいい子ちゃんごっこは本日をもって終了。

 

さそり座の月の場合

さそり座の月は配慮がない人を生みます。それは子供のまま成長がストップしているからです。子供の時にさそり座的要素がストップしていることなのですが、不足感から子供の頃に覚えた大人らしい雰囲気を逆に演じようとします。そうしないといられない強制を受けます。なので、多くの大人にみられる陰気さや暗さが全面に押し出されます。しかしさそり座の月をやり続けると、どうしても暗い印象、根が深い悩みの印象となって周囲に伝播します。なので、どうしても人気がなくなります。陰気で何を考えているのかわからないような印象になるので、人気がないのです。しかし、本人は何も考えなどありません。ただ、子供が大人の真似をしているだけなのです。本人もこうしたギャップに非常に苦しみますし、人気がない自分に絶望する場合もあるでしょう。そんなマイナーな気持ちに苦しめられる日々なら、いっそのこと、おうし座の心に変身すべきです。にこやかな態度、、、柔和さ、、、、食べ物や音楽やきれいで五感に心地よいものをゆっくり楽しむ態度など。さそり座の月は本能が弱いにも関わらず、それにこだわるため、本能むき出しの言動が逆に表れます。それが人気がない原因ともなるのです。しゃべり方、食べ方、感情の表れ方が本能むき出し感をもたらすのです。そこをもっとも優雅であるおうし座に変更したなら、、、、、これは大事件級の出来事となります。陰気先行のあなたの雰囲気が華やいで落ち着いたものに変わり、人はあなたに寄って行きたくなります。反転星座は太陽から見たら同じ位置ですので、あなたには、おうし座の能力が必ずあります。それなのに本当はない、陰の部分だけのさそり座を負わされ、あなたは苦しんでいたのです。性に関しても、おおらかに楽しむ、、、だけでいいんだ、、、と思うことで、配偶者もきっと楽になっていくはずです。

 

いて座の月の場合

いて座の月は絶対に反省ができない影を持っています。飛んでいる矢がいて座のシンボルですが、本当は飛ぶことができないいて座の月。反省したら矢が止まり、失墜してしまうので、自分の考えや理解にこだわり続けます。しかし何ひとつ理解力がないのです。月いて座がこうだ、と思ったことで、本物であったことなどありません。理解する力がない上、理解するとは何かがわかっていないからです。なので、それは影となりこだわり続ける現象を生みます。発射したものを絶対に元に戻せないのです。そうなるとどこかの時点で成長が止まってしまいます。あとは、自身のこだわりを周囲に証明するためだけの人生になってしまうでしょう。こうした融通のなさがつまらぬ意地となって人生の破壊をもたらします。月の反転はふたご座です。「ああ、あれね、もうあきちゃった」と、気楽に自身の信念を変えていく。どうせ社会性など本当はいて座月にはないのですから、あまり難しいことを言わずに、学者ぶらない、偉そうにしない、学があるように思わせない、気楽で遊び好きな面を持っていることを自分にも周囲にも隠さない、、、そう思うことで、こだわっている自身の理解を捨ててしまう、、、すると太陽から見たらどちらも同じですので、ふたご座からの知恵と知識が本物のものとなって訪れます。いて座月はもっとも自分を立派に見せようとして、もっとも違うように見られていくという運命からも脱却できます。ただ、月いて座は理解力がないので、自分の理解のみにこだわり続けます。なので最初はふたご座の真似でいいと思います。たとえ真似でも、やってみると心の自由を感じますので、手応えが出てきます。いて座はなくてもふたご座はありますので、真似でも大事な部分を良い意味で刺激してくれます。そして本当は自分は立派な人などではなかったんだ、、、と思えた時、あなたの人生のすべては逆転し、本物の素晴らしい人に生まれ変わります。

 

やぎ座の月の場合

やぎ座の月の人は不愛想で人気がありません。しかし、本当にやぎ座の月が不愛想であるのとは違います。やぎ座月は自分を社会や仕事に役立てたいと常日頃思い続けますが、自信もなく、社会に出ることが怖いのです。その思いの重さが暗さとなり、不愛想になるわけですが、社会で自分を活かすことだけが人生ではないはずです。仕事などは一人でできるものもあるし、家族と一緒に何かやろうとしたっていいわけです。要するに月の考えることに縛られ過ぎていたのです。月の考えや強制に従っても何ひとつうまく行くことはありません。ここは、そんな自分の悩みをふっきり、月を反転させて新しい自分を獲得してください。正反対の星座はかに座です。なので、あなたの感情的苦悩の助け道は、日常的な笑顔や配慮、デリカシー、家族へのやさしさ、いたわり、はにかみ、ロマン、にあるのです。月やぎ座は不愛想でそのままやっていったら、どんどん人生がつまらなくなっていきます。かに座を意識し、常にその言動を取り入れるのです。仕事で苦しみがあるようなら、真っ先に気持ちだけでもいいので家庭に気を向ける。人間関係でも情を大事にする。多少お酒が入ってもいいので同僚や仲間の肩を抱き寄せて一体感の歓びを得たなら、あなたの人生はあっという間に変わるでしょう。家族的人間関係がもたらす情の通い合いこそが、喜びだったんだ、、、、と意識することで、にっちもさっちもいかなかった人生がパッと開けてくるかのようになるでしょう。

 

 みずがめ座の月の場合

みずがめ座の月は自分の特別感を心の安定のために必要としています。自分は人よりも利口である、、人よりもよくわかっている、、特別な才能が自分にはある、、、的なことを思いたいのですが、本当はそんなものはありません。ただそう思わないと心が安定しないだけです。自分は人よりもよくわかっているとは思いたいものの、本心で、命掛けで伝えたいものなど、月みずがめ座にはないのです。(太陽から来るそうしたものがある場合はもちろんありますので誤解しないでください。あくまで月の範囲の話しとしてです)そのため、みずがめ座月の印象は、深く理解した風で、おとなしく、みんなとは違うオーラを出しています。しかし、自分から何かを訴える、、語りかける、、、ということはしません。何もないからです。そうなると単に優秀で天才的な人というポーズが優先する人生になってしまいます。月みずがめ座を反転させた星座はしし座です。この人はしし座を使わなくてはやがて行き詰ります。ノイローゼ的な行き詰まりも非常に多くなります。人との関係も形だけですので、心の奥に入り込むものがないため、容易に精神を病みやすいのです。みずがめ座ポーズを止め、しし座を使って人生を変えるのです。しし座は自分が中心になってやるという気概があり、悪びれずに自分のことを語り、人にも堂々と反対意見を唱えます。気前も良くなります。みずがめ座月は表面的な人間関係でお茶を濁して安心しますので、本当のことを言って人と対立したり、ゴシップを招くような真似は死んでもできない性格です。しかしそれが嘘なのです。あなたが、堂々としし座の様式を自分の考えや思いや意見に使ったら、周囲は最初はびっくりしますが、必ずあなたに付いてきます。魅力が出てくるからです。みずがめ座は魅力の星座ですが、月はそれが無かったのです。しし座の魅力はみずがめ座の魅力以上の輝きですので、あなたの態度、言動にしし座が入ることで、生まれ変わった本物感が漂っていき、ノイローゼ的な心の状態からも見事に美しく抜け出すことになります。間違いありません。

 

うお座の月の場合

うお座は神秘性、一体感、魂の永遠性などを本気で感じ取る感性を持っていますが、月うお座にはそういうものがないと考えます。ないのですが、幼少の頃に覚えた神秘感覚などは劇画的感性で持ち続けます。しかし、そうしたものも現実の中で段々と色あせていき、現実への対処能力を必要とされる年代では消えてなくなりますが、月うお座の場合はなくなることに抵抗を示します。自分には神秘能力や見えない世界とつながる能力や力があると思いたいのです。しかし月はないものを示しますので、やはりないんだと思います。(月以外のアプローチによって神秘に近づける人はいますので、その点は誤解しないでください)うお座は人の気持ちに沿って物事を捉えるやさしさがありますが、うお座月にもあるように見えます。しかし、月うお座にはそうした能力がないのですから、本当には人の気持ちに沿うことは原則的にはできませんし、犠牲的なこともできないはずです。しかし、自分のイメージはそうした犠牲的でやさしい人間でなければ自分自身が受け入れられないという、常に欺瞞の構造の中にいます。それが生き方や人生の不安定感をつくりますので、月を反転させた星座の特徴を意識することで、心身の健康を取り戻すことが大切です。うお座はあいまいで神秘を愛しますので、月うお座も自身を偽り、そうした流れの中で物事を考えたくなります。占いや神秘的直観と思って自身の進路や方向を考えたりしますが、どれも失敗に終わります。反転させたおとめ座で物事や進路や決断を考えなくてはいけない人なのです。おとめ座は現実の枠組みを重視します。このケースではこうなることが多い、、、この確率は何パーセント程度あるから、面白いよね、、、など、新しい世界観をうお月は必要としています。もしあなたが、私の直観だけど、こうした方がいいよ、、、と人にアドバイスするより、でもさ、今、この程度のお金しかないのにこの生活してたら、あと半年も持たないよ、、と言った方が、ずっと信頼性が増すわけです。形に当てはめて考える、その時々で変化しない自分の物差しを持つ、、、そうした思いで日ごろ意識して生活すると、あなたへの信頼性がグンと高まり、何より、自分自身を信頼できるようになります。日ごろのやるべきこと、掃除、義務を果たす、職務、清潔、こうしたことに気を向けることです。そうしたものを軽く扱わないことです。雲をつかむかのうようだった自身の人生が確かにスタートする手応えを感じられることでしょう。

 

以上が12星座の月についての反転法でした。最初の4星座は昨日アップした中にありますので、自分の月が無い方は昨日のブログをご覧ください。昨日の方がやや文章量が足りない感じになりましたが、また、いずれの機会に追って解説いたしますので大丈夫です。結局、月は地球との関係において存在する星ですので、太陽と地球との関係とは直接ではありません。地球の特殊性が月です。

月光反転法は、地球との月との関係において業のように働く月を、太陽から見た形で捉えなおす方法とも言えます。太陽から見たら、おひつじ座とてんびん座は同じであり、おうし座とさそり座は同じであり、ふたご座といて座、かに座とやぎ座、しし座とみずがめ座、おとめ座とうお座も同じ方向にあるひとつの星座なのです。月のために、月の示すサインを奪われはしますが、反転させて太陽方向からみれば、本来は反対星座に月に奪われない命の種は眠っています。それを応用した月光反転法をどうぞご自身なりにでかまいませんので、自分のものとし、今後の人生で生かしてくだされば、きっと良いことだらけになっていくと思います。

 

 

お知らせ

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741Hzがわかった、、「ある天才医師との対話」

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 周波数の研究は私のような素人発明家が行っていても何も問題視されませんが、あらゆる物事の根幹にかかわり、現象の秘密を解明する根幹でもあるため、本格的な研究にはおそらく相当なチェックと監視がいきわたっていると思われます。

 

私はソルフェジオチューナーを世に出しており、ソルフェジオ周波数がいかに根源的周波数であり、人への影響の大きさに関しても、これまでに述べて来た通りです。ただ、その中で、741Hzだけはどうしてもわからず、どう扱っていいのか不明でした。単音では、頭がクリアになるとか、また、他のソルフェジオ周波数で酩酊したような状態を一瞬にしてクリアにしてくれることはわかっていました。

 

それでも741Hzを他のソルフェジオ周波数と和音にした際は、どの場合でも不協和音となり、音の構成を壊すのです。そのため、741Hzに関しては、今後の解明に期待、、、という形でソルフェジオチューナー解説書にもそう説明してきた次第です。

 

その741Hzが解明できました。これは凄い周波数でした。ソルフェジオ周波数の中に不要周波数があるわけはないことはわかっていましたが、きちんとした意味あいを語れなかったのが今まででした。

 

まず、周波数とは何かがわからないと、741Hzの意味を知ることはできません。周波数は音程であり、個性であることはその通りですが、さらに重要なことは、私たちの意識そのものが周波数である点です。意識の視点から見ると、ソルフェジオ周波数のそれぞれがまた違った角度から見えてきます。

 

これを教えてくださったのは、周波数に関して個人的に研究されている、ある天才医師からでした。その方は、ソルフェジオの周波数はじめ、かなりの周波数を人の意識との関連において解明されていました。エネルギー的にも。

 

私もある程度は理解していましたので、医師と話しがすぐにあい、私なりにですが、医師のおっしゃることが理解できました。

 

医師がおっしゃるには、まず、私が開発した153Hzには、確かに深い意味とある意識状態が込められているとおっしゃいます。153Hzは、命がまだ分別されていない状態の意識で、命の一体感と関係しているというのです。命の一体性はフリーエネルギーではもっとも重要なものですが、私はその通りであると思いました。男女も自分も他の命もまだ区分けされていない意識、、、命そのものの周波数。私には手に取るように理解できました。

 

そして、徐々に周波数が上がるにつれて、命のありようと活動のありようの段階に達します。具体的には300Hz台から400Hz台、そして500Hz台、600Hz台までは、この世の現象面やボディと意識とが関わる段階だというのです。

 

300台から600台の周波数世界の意識で私たちはこの世を生きていきます。そこで様々なしがらみを作り、発見もあるでしょう、苦しみもあるはずです。要するにこの世的な周波数なのです。その王道が528Hzです。528Hzがこの世の問題を多く解決し、良い方向に導く理由がよくわかります。心の問題もここです。

 

639Hzになるとこの世の周波数でもかなりレベルが高くなります。おそらく私たちが深い愛として理解しているのが、この周波数レベルの意識です。宗教もこの段階の出来事だと思います。確かに愛情のゆがみや苦しみは639Hzで解決する場合が多いので、周波数が高くなるに従い、心や深い部分に関係していくことがわかります。

 

400台周波数はもろに肉体レベルでの意識と深く関係しますので、444Hzが癌細胞を破壊するという研究がよく知られていますが、肉体の問題解決を図る400台周波数ですので、確かにそういうことが起こるのかもしれません。(科学的な根拠については不明です)

 

さて、問題の741Hzに話しを戻しましょう。153Hzで未分化である命の一体性から出発した意識は300から600でこの世のあらゆる場面での意識を段々と磨いていきます。そして741Hzに到り、ボディの限界、この世的意識の限界に達し、それらのすべてをクリアに捨てていく周波数となるのです。

 

私の知人のピアノ専攻の人で、自身のピアノに行き詰り感を抱いていましたので、バッハを弾く前に741Hzを聞かせました。すると、本人曰く、深くバッハに入れた、、、と驚くのです。自分が弾いているんではない、と。この世的なものをクリア―にする周波数ですので、自我が無い状態でのバッハ演奏となり、確かに素晴らしいものだと私も感じました。

 

絵が立体的にきれいに見えるという人もいます。「花は紅、柳は緑」という言葉がありますが、何も偏見ない心で見た時の世界が、花は紅い、柳は緑、、、なのです。まさに741Hzでみそぎした世界のことです。周波数は意識です。その周波数と共振したなら、世界はたちまちに変化するのです。共振する周波数によって、見える世界が変わるわけで、私たちがどこにいるかが、変わってしまうのです。世界が変わるのではなく、居る世界が変わるということです。医師から教わったもっとも大切なことがこれです。

 

その際、この世的なあらゆるしがらみ、ひきづる感情、後悔などで私たちは重く苦しんでいます。それをクリアに掃除し、この世的な掃除をする周波数としてソルフェジオは741Hzを置いていたのです。

 

そしてさらに852Hzになると、もう肉体を離れた霊体としての自身があちらの意識と交流する段階に向かい、ソルフェジオの役割を終えます。

 

こうした意識と周波数との関連、そして具体的に741Hzとソルフェジオの全周波数の意味と働きについて、医師はここでは言うことはできませんが、さらに微細な周波数取得方式を持って、私に語ってくれました。

 

いただいた741Hzの水は手に持つとすぐにあぶくが湧いてくる、、、、沸点はるかに100度以下、、、、、なのでしょうか、、、おそらく。怖い話しです。

 

何もかもがきっと変わります。周波数と意識の物差しですべてをみつめれば、すべてが変わる時代がきっとやってきます。その際に、ソルフェジオ周波数に意識構造があったという確信は、それを世に出していた私にとっても、本当にありがたいものでした。

 

ソルフェジオチューナーをお持ちの皆さまへ、これまで741Hzについて、詳細を語れないでおりましたが、遅ればせながら、ご報告させていただく次第です。施術の前に741でまず掃除。そして施術の後で741Hzで締める、、、が基本になるかな、、、と感じています。また741瞑想をぜひしてみてください。驚かれます。

 

 

注意 ここで語られた内容には科学的根拠はありません。あくまで私個人の体験であり、その感想であることを申し述べておきます。

 

お知らせ

これまでのZOOMセミナーの動画配信を始めました。

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「マドモアゼル・愛の開運セミナー」1015日版

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私たちは自分の周波数世界を見ている、作っている

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物には何の力もなく、ないどころか、物は実体ではない、、、のなら、それを生み出した意識以外に実体はないことになります。その通りなのです。

 

意識はでは何か、、、ということになると、意識が向いたものが実体化するとも言えるし、ある周波数と共振共鳴した世界が出現するとも言えます。意識は周波数だからです。意識という微細圧の反作用が現実を作るわけです。

 

私たちはつい、どこかに現存とした世界があり、その果てはどこだとか、パラレルワールドとか言うたくさんの世界がある、、、次元が交錯して色々な世界が本当はあるんだ、、、的な言い方をよくします。

 

私にはよくわかりませんが、もっとシンプルに考えるなら、周波数のあった世界をその都度瞬時に私たちが作っている、、、と考えた方がベターであり、わかりやすいし、現実だと思います。

 

パラレルワールドも素敵ですが、そんなたくさんの物理世界がどこかにある、、、、というよりも、瞬時に意識にそった世界を作っている、、、という方がずっとわかりやすくはないでしょうか。と、思うわけです。

 

741Hzの秘密というか実際がわかるにつれ、周波数と私たちの意識について考えるようになりました。

 

741Hzは、まっさらなこの世の現実を見せてくれます。私たちのこの世における意識が掃除されて、ゴミや偏見や重たく固着するものを捨て去った目で見たこの世の姿を見せてくれる周波数です。私たちの意識が741と共振した際に、掃除された形でこの世の実相があらわれます。

 

そのため、花はくれない柳は緑、、、というありのままの、素晴らしさがきれいに見えてくるわけです。(741Hzのチューナーを鳴らしておでこにグリップを付けます。音が消えてから見えて来る世界が美しくなります)

 

それは善悪でも努力とも違う、ただありのままの掃除された意識で眺めた世界が美しく見える、、、ということであり、誰でもおそらく死ぬ前には、世の中はこのようにして美しく見えるものだと思われるのです。

 

善のお坊様などが言う、一種の悟りの境地であるかもしれません。花はくれない柳は緑、、、という言葉は、森田療法の創始者である森田正馬博士が好んで用いた言葉です。森田療法を深く理解した人は禅僧の悟りの境地と同じになる、と聞いたことがありますが、あながち嘘ではないかもしれませんね。

 

花はくれない、、柳は緑。すなわち悟りという状態も周波数で言えば、741Hzなのです。そこに意識が共振すれば、自然にその状態が訪れます。

 

よく周波数と言うと、ラジオのように色々な周波数帯での番組が流れていて、チャンネルをそこに合わせると聞こえてくる、、、、と言います。その通りなのですが、もう少し突っ込んで考えると、どこかに周波数帯による番組が流れているというよりも、その周波数と共振すると、ある世界が作られる、、、と考えた方が本当は正しい気がします。

 

どこかにあるとしたら、それは誰がいつどのように作ったのかの物理論に陥るからです。すべては創造者が常々の時点で、現実世界を作っている、、、その時々の周波数意識により、、、と考えた方がわかりやすいし何かと整合性が取れてくるように思います。実際そうじゃないのでしょうか。

 

この世の宗教的なものは、周波数でいうと600Hz台だと思われます。禅は宗教を超えると言われるように、741Hzになるとこの世的な宗教とは違った世界を作ります。ありのままの世界は宗教世界よりも上なのでしょう。

 

愛情と一般に言われる世界も600Hz台であり、多くのスピリチャル世界もこのあたりという気がします。スピリチャルや宗教では、神経症は治せない場合がほとんどですが、森田療法ではほぼ確実に治せますので、この世の実相をありのままに見るという森田療法は741Hz世界であり、優れた面が高いと思います。

 

ただ、それには森田療法ないしを理解しなければならず、理解というよりもその本質と共振しなければなりません。それには個人差があるので、誰でも治せる、、、とはいかないのも事実でしょう。

 

話しがついそれましたが、私は昔から森田療法を非常に高く買っていますので、つい横道にそれてしまいました。しかし、森田正馬博士は本当にすごい人物だと思っています。

 

本題は周波数と意識でした。意識に沿った周波数がこの世を瞬時に作ってしまう話しです。どこかに世界があるのでも、複層した世界がたくさんあるのでもなく、今、皆がそれぞれにその自身の周波数によって現実に作っている世界以外にない、、、と、周波数と意識の関係から導きだされる答えについて語っているわけです。

 

宇宙の果てはどこにあるのか、、、というロマンとしては素敵ですが、宇宙も意識によって作られているわけで、常づねの創造物として存在しているのではないでしょうか。

 

なので、いくつ宇宙があるかとか、果てはどこかとか、複数の時限交錯する宇宙があるとかいう話しは、私にはあまり意味が感じられません。

 

私のような者はバカはバカなりに、もっと簡単な宇宙論というか現実論が好きです。自分の意識周波数が現実を作っている、、、それで十分なんです。

 

道が混んでいてどうしようもない、、、、そんな時に528Hzを鳴らすとあっという間に停滞が消える、、、という人がおります。偶然とか笑い話しを超えて、ご本人は本当にそう信じていらっしゃいます。こうした現実をどうとらえるか。

 

偶然、、、というのは一応置いておいて、そうした現象が起こる理由を考えた場合、パラレルワールドでは、いくつかの世界、未来があり、何等かの意識にそってその中からある未来を選び取っている、、、、、という考えがあります。

 

停滞が終わらずに困っているパラレルワールドもあるらしい、、、、となります。

また、意識が未来を変えている、、、と考える人もいるでしょう。

 

しかしどちらの場合でも、厳然とした世界がすでにあり、それが変わるとか、パラレルで別れるという、物思考から離れることができず、自分が選び取るしかないという世界観です。

 

私は飯島先生から物には何の力もないと教わっていますので、自分もそうだと思っています。そうなれば、意識より先に物世界など存在できないのです。

 

誰が何と言おうが、この世界は瞬時に私たちが作っている以外に考えようがないのです。もう勝手なこと言わせてもらいます。

 

まあ、何が本当かはわかりませんが、誰もが、世界観を持つ時代が来ていると思います。そうじゃないと、何もできなくなる時代、、、自分の考えでないと、一歩も動けなくなる時代、、、、その意味で本日は私の思い、真実を語らせていただいた次第です。

 

私の考えによれば、人生は非常に楽で楽しく面白くなります。どんな未来もまだないのです。作っていくだけ。不幸で重苦のどん底の際、その時の意識と異なる意識を持つ以外に未来は変わりません。意識周波数がこの世を作るからです。

 

それが継続した意識であるうちは無理です。重苦の底で最初に意識を変える以外に未来を変える方法はないということです。

 

悲しみの中で、まず笑う、、、、苦しみの中でまず楽な意識を持つ、、、不幸の中でやさしく微笑む、、、自分は絶望の中で人のことを心配してあげる、、、、

 

それがいいというのではなく、そんな逆説以外でピンチから逃れることなどできっこない、、、、と言いたいわけです。

 

未来が良くなったら笑える、、、幸福になったら幸福、、、人情としてはわかりますが、自分が創造者であるとの視点がまったくない、ずるい考えであり、本当は損なのです。

 

意識が変われば世界が変わるのではなく、意識が変われば新しい世界を作るのです。あなたがです。

 

 

お知らせ

ソルフェジオセミナー 317日(日)14時から18時まで

 

内容 すでに7回にわたって開催してきたソルフェジオセミナーですが、今回はソルフェジオ周波数の詳細と周波数自体の捉え方が高度化しているため、かなり新たな内容になります。4時間にわたる本格的な講義と実践。100番台の周波数の特徴から200番台、300番台、400番台、500番台、600700800に至る周波数は意識世界そのものであり、具体的にそれらの周波数がわたしたちにどのような意識的、また、現実的影響を与えるのかを知り、体験するセミナーです。

定員 15

場所 尾山台マドモアゼル・愛アトリエ(お店ではありません)

セミナー料金 20000

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土星に支払う家賃

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占星術で扱う惑星は主に10ありますが、その中の土星は、私たちに地球のしょば代を請求してくる星と言えます。

 

地球に生まれ降りて来た私たちは、この地球の王様のような土星に対して、家賃を支払う義務をもっている、、、、、そんな風に考えるとわかりやすいかもしれません。

 

何事も土星が関わらない限り、この地上においての現実化はできません。土星があるので、具体的な形をこの世で作ることができるわけです。

 

物質的なことももちろんそうですが、恋愛の成就や成績、評判などでも、この世の営みがこの世で安定して形を取るためには、土星の力が何であれ必要なのです。

 

具体化してくれる土星のおかげで、私たちはこの世に形を残すことができます。しかし土星は一方的に形にしてくれるだけではなく、家賃を要求してくるのです。場所代や時間代と言ってもよいでしょう。

 

完全にギブ&テイクです。なのでバランスシートの星と言われることもあるわけです。すべてチャラになるのがこの世の仕組みでありエネルギーの法則でもありますが、土星はその監督者でもあります。

 

土星は一方に偏った形で得させることも、一方に偏って損させることもない、バランスシートの星。毎月一万円貯めれば、必ず10年後には120万円プラス利息がたまっている、、、それが土星です。一億円になることもない代わりに、もし毎月の支払いを怠れば、必ず、帳尻を合わせるように私たちに働きかけます。それは強制力を持って実行されます。

 

食べ過ぎの人はその分の帳尻をどこかでいつか支払わねばならないし、金遣いに問題がある人は、いつか必ず帳尻を合わせることになるわけです。人への意地悪にも限界がありますし、ごまかしにも悪意にも限界があり、いづれ帳尻合わせとなるということです。

 

こうした土星の働き方は、出生時の土星の星座とハウスでおおよそ知ることができます。まだ若い方には時間がたっぷりあるので、土星が働いて強制的な帳尻合わせの時は来ないかもしれませんが、成人以降はきちんとした形で数年に一度は帳尻合わせとなります。

 

業が深ければ、何度かの帳尻合わせを抜けて土星の強制力から逃れる人も多いですが、その分、支払いがたまっていくだけであり、最大でも、土星が公転する30年以上の猶予はなく、その間に帳尻合わせの時が訪れます。

 

平家もナチスも30年で帳尻合わせとなりましたし、平成は悪い意味ではありませんが、やはり30年で幕を閉じ、この平成の間に培ったもので、借銭が終えてない人、機構、会社、物事には、きっと帳尻が訪れると思います。

 

日本はこの三十年、人のやる気をそぎ、階級社会をつくり、創造性と喜びを民意から奪い取ってきました。その帳尻は近いうちに正される気がします。

 

今回は土星がどの星座にあるとどうだ、、、、という解釈はいたしませんが、ご自身の土星の星座がおわかりの方は、ぜひ、自分にとっての借銭とは何かを、平成の最後の年に思い至ってはいかがでしょう。きっと発見があると思います。

 

そして、借銭があると思ったなら、その部分での努力と前向きな行動によって避けていたものに目を向けてみることです。

 

すると不思議なエネルギーが湧いてくることがわかるでしょう。逃げるために使うエネルギーと、前向きに義務を果たすために使うエネルギーとでは、逃げる為に使うエネルギーの方が、本当ははるかに大きいのです。

 

土星はその意味で、家賃さえ払ってくれれば、その人に安寧と安定した大きなエネルギーを与える星として輝きます。安定した人生を送るには、この土星とどう付き合うかがとても大切になってくる、、、、そのことに早く気づけば気づくほど、人生は豊かになっていくと思います。

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